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2015年6月 1日 (月)

お見舞いありがとうございます。

母が、4回目の動脈塞栓術の為に入院し、530日に退院しました。

広場のみなさまから励ましのお言葉、お見舞いのお言葉を頂き感謝です。

 

今回の治療に関して、母の中で迷いがありました。

私は、受けなくてもいいという選択も母に与えました。

主治医の『体力があるうちに出来る治療をしましょう。』との言葉に

促されるように、母は決断しました。

 

入院日は、少し不安もあったのでしょう。

私が帰った後、震えが止まらなくなり、大騒ぎになったそうです。

パニック発作ですね。

自分が思っている以上に、精神的に苦痛を感じていたのでしょう。

 

翌日、術は予定時間を遅らせ始められました。

夕方、様子を見に行くと、まだ麻酔が残っていたものの少し話しました。

帰り際、エレベーター・ホールで先生にお会いしたので、前日のパニックの

処置と今日の術のお礼をしました。

 

その翌々日、妹が来たので一緒に母の元へ行きました。

いつもなら、元気にしているのに今回はぐったりとして横になっていました。

原因は、便秘。私が薬を出してもらおうかと話すと、ヨーグルトドリンクを

買って来て欲しいと言うので、妹が買いに行きました。

妹が、前日にパニックを起こした話を聞いて母に、『受けたくないのなら

他の方法もあるだろうから無理しなくていい。』と話すと、

母は、『受けなければ死んじゃうでしょう?』と不安げに言いました。

私は、母に『死ぬことはない。今のやり方が一番手っ取り早く即効性がある

だけで辛いのなら先生に相談しよう。』と話しました。

妹が、ゆーちゃんときーくんも心配しているよと話すと泣き出して・・・

やっぱり、孫には弱いのかな~

妹が、娘が見舞いに来ても泣かないのに、孫が心配していたと話しただけで

泣くってどういうこと?と^^;

 

退院日、父を連れて迎えに行きました。

私は、会計や事務的な手続きをしなければならないので、父に母の様子を

見てもらおうと思いまして。しかし、父の非常識な行動が心配で

ちょこちょこ様子を見に戻ると・・・逆に母が父の面倒を見ている感じで^^;

しかし、荷物持ちとして父も頑張ってくれました。

母に、『次回の外来の時に先生に他の方法を聞いてみようね。』と話すと

『もし、また塞栓になっても私は受けるわよ。』と・・・

塞栓術自体は、辛くないからと。

私が思うに、自分の体内に異物(腫瘍)があることが受け入れられず、

悔しさがあるのかもしれません。どうして、自分がこんな目にと納得が

いかないのでしょう。

入院すれば、周りは病人ばかりです。

そんな、環境に置かれ不安になってしまったのかもしれません。

 

母は、熊本の女です。根性はあります。気も強いです。

病と闘う強さも、体力もあります。

しかし、年齢も80代ですから、ちょっとしたことで気弱になる時もあります。

知識があれば自分を支えられるのでしょうが、その知識もない。

母に分りやすいように私が説明するだけです。

今回の入院時に看護師さんから「今服用している薬は何の薬ですか?」の問いに

答えられなかったのには、ビックリしてしまいました。

すべて私が管理していることに甘えているのでしょうね。

妹に話すと『お母さんは、お姉ちゃんに任せておけば大丈夫だと思っているん

だよ。』私が、初めから手を出し過ぎたのかもと話すと『年寄なのだから、

そばにいるお姉ちゃんが手を出してあげなければもっと分らない不安な状態に

なるよ。』と。

 

母が、入院する度に思うのですが、妹はやはり次女だなと。

母の術の日に来て欲しいと頼むとシフトが入っているから、退院の日に来て欲しい

と頼むと友達と会う約束しているからと断られました。

私なら仕事も休みをもらう、友達との約束も断ります。

私は、家族第一で考えて来ました。

妹が出産の時期も仕事のシフトをやりくりしてもらうよう上司に話しましたし。

妹は、私に甘えているのかな?

いつも言葉では、「お疲れさま」や「ありがとう」と伝えてくれるけど。

自分の生活、楽しみが優先されているような気がします。

嫁いだ妹に私も頼り過ぎているのでしょうか?

 

今回の入院は、色々と考えさせられることが多かったです。

でも、無事に治療も終わり良かったと思っています。

今回の塞栓が長持ちすることを願います。

昨夜は、父に「もっと頑張れ」と言われているような気がして悲しくなりました。

少し私の気力に余裕が無くなっているのでしょうね。

でも、今日はいつもの自分に戻っています。

身体は、きついけど… やらなければいけないこともありますからね。

 

広場でも温かいお言葉をかけて頂き感謝しています。

ありがとうございました。

今後とも広場、ブログでのお付合いを宜しくお願い致します。

 

 

 

 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 お母様の入院、大変でしたね。なんだかんだ言っても
みんながエルザさんのことを頼りにしているので、一人で
大変な思いをなさったのでしょうね…。

 我が家も弟たちは、仕事が忙しいらしくお正月ぐらいしか
実家に来ることがありません。毎週実家に行っている私の
ことを「マメだね」って言ったのにはあきれてしまいました。


 お母様の容態が落ち着いて元気になられることをお祈り
しています。

おはようございます 

お母様退院、何よりでした
いつも、一人で頑張ってる様子に頭が下がります

エルザさんが妹さんやお父様に求める手助けはごく当たり前のことで、
そうだよね、そこでちょっと手伝ってくれたらエルザさん助かるよねって思いながら拝読しました

頼れるお姉ちゃんに皆さんが甘えているのは仕方がないことかもしれませんが、
誰だって甘えるほうが楽です
無条件に甘えさせてくれる場所が欲しいものです
エルザさんにとっての甘える場所はどこでしょうか?

あれこれ言いながらもご両親や妹さん、甥御さん、姪御さんに
甘えていられたらいいなと思います

そういいながら、私もエルザさんに甘えっぱなしですが(笑)

季節が梅雨に移ろうとしています
雨が嫌いというわけでもないけど
やっぱりジメジメ、気が滅入る季節ですよね
楽しいこと探してテンションあげていきましょうね(^^♪

結さんもツブしてくれて一安心
状況が好転することを祈るばかりです

ぼろ さん

コメントありがとうございます。

具合は、いかがですか?
最近、ポチをして頂いているので良い方向に向かって
いるのかなと思っていますが…
焦らず、ゆっくりと過ごして下さいね。

妹に『ひとりで頑張らないで』と言われ
甘えたのですが、断られてしまいましたよ
そんなもんでしょうね。
同居していないので見えない部分は
分らないでしょうからね。
言葉で伝えても、想像力がなければ理解も無理ですね。
勤め人なら仕方ないと思うのでしょうが
パートなのだから、何とかできるとは思うのですが…

母も順調に日常生活に戻っています。
ありがとうございます。

みねこ さん

コメントありがとうございます。

ひとりで頑張っているとは、思っていませんが、
実際に動くのは私ですからね。
妹の言葉かけに支えられています。
でも、術の日と退院日ぐらいは来てくれてもと…
甘えてみましたが、見事に断られました

甘える場所ですか・・・
あると云えばあるし、ないと言えばないかな・・・
基本、甘え下手ですから…

みねこさんのお気遣いにいつも感謝していますよ。
細やかさと穏やかな感じに落ち着きを感じます。
スットコドッコイ三姉妹も解散の危機ですが、
どこかで細くでもつながっていたいと思っています。

結さんの件もみねこさんが居て下さるので安心です。
いつもフォローありがとうございます。

ごめんね。エルザさん。ブログまで行けなかった。今拝見して、私の愚痴ばかり、エルザさんが大変な時にごめんね。
なんか、私と似てる。私は妹ととかいないし。兄も不通、逃げて・・・
でも。踏ん張ってる。嫌だよね、親のって・・・エルザさん優しいんだよ。
無理はしなきゃいけないけど、私は少しの無理でつぶれてたり気丈になったり。現実見ると・・・最悪。
こうして繋がってることが私にはどんなに助けられてるか。

心からありがとう。と・・・お互い頑張りましょう。偉そうに言えないけど。

yui さん

コメントありがとうございます(^^)/

そんなに謝らないでくださな
私のお節介でやっていることなので、気にしないで。

親の世話も大変です。
自分の気持ちに余裕がないと潰されてしまうものね。
私は、どんな事があっても大丈夫だと自分に言い聞かせています。
乗り越えられるから起っている事。だから大丈夫だとね。

私の言葉は、時に結さんを傷つけてしまうかもしれない。
そんな時は、遠慮なく反論してくださね。
繋がっていると思ってくれている事、嬉しいです(*^_^*)

お互いに頑張りましょうね!って、充分頑張っているけどね(^^)v

お母様良くなって良かったですねヽ(^。^)ノエルザさんは凄く頑張り屋さんなんで・・・あまり無理してはいけませんよ(^_^.)それからお母様の手術の日はやっぱりどんなことがアッテも妹さん来ないといけませんよ・・・姉が何でもしてくれると思って少し甘えていますね(p_-)エルザさん皆に頼られってばかっりで~大変です(*_*)なんとかいきぬきできるといいのですが・・・生意気なことばっかり行ってすみません(-_-)/~~~ピシー!ピシー!おやすみなさい(-_-)zzz

ニッキ―べス さん

コメントありがとうございます(^^)/

お陰様で、日常生活も今までと同じように過ごしています。
朝のウォーキングも復活して安心しています。

妹は、観ていないから解らないのでしょうね。
確かに、手術の日くらいは来て欲しかったです。
そこは、妹自身が事をどう捉えているかの問題です。
私は、姉として命令することもできたのでしょうが、
その気のない人に強制するのもね

本当にみんな私を頼っていますよ。
でも、頼られて自分の存在価値を感じられるのなら
良いとも思います。
とても、複雑な心境ですが…

ココ広場で息抜きしていますよ(^^)v
自分一人の時間を大切にしています。
いつも、お気遣いありがとうございます。
ニッキさんも穏やかな日々が過ごせますように(o^―^o)ニコ

お久しぶりです

6月6日に姑が亡くなりました
前日、見舞いに行ったときも普段と変わらず
普通におしゃべりして私が夫のことを
「あなたの息子は昨日今日と遊び歩いてるけど
明日は来るから待ってってね」
といつもの調子でからかい半分に言うのに
笑顔で応えてくれたのに息子に会うことなく
一人であっけなく旅立ってしまいました

昨年2月から体調を壊し、入退院を繰り返し
大腸がんの手術をし、認知症も進行しと
本人もつらかったと思います

夏の終わりに2週間ちょっと在宅介護をしたのを最後に
あとは亡くなるまで入院生活でした
でも認知症の薬も効いてほんとに穏やかな日々で
最後も苦しまずに逝けたのでよかったのかなと思ってます

私は、自分の父親を亡くした時が一番喪失感が大きかった。
親はいつまでも元気なもんだと思い込んでたから
亡くなったことを受け入れがたくて、
料理しながらボロボロ泣いたこともありました
哀しい経験だけど、義父、実母と見送り
姑が最後だったので、後悔の無いよう
やれることは全部やったという思いはあります

それでもあまりに急だったのでこの後
哀しさが増しそうな気がします

私事を長々と申し訳ありません
読み流していただければと思います

ココログの方は少しずつ復帰しようと思います
結さんのことも心配ではありますが・・・

これからもよろしくお願いします


みねこ さん

みねこさん、ご連絡ありがとうございます。

この度は、ご愁傷様です。
お気落としのないように。

御姑さんのお世話、お疲れさまでした。
最後は、苦しまずに逝かれたとのこと大往生だったということですね。
自分の親の介護も大変なのに、お姑さんのお世話まで
なかなか出来る事ではありませんよ。

それだけ、頑張って来られたのですから
御姑さんも感謝していると思いますよ。
あの世から、みねこさんに恩返しをしてくれると思います。

ご入院されていたので、ある程度の心の準備も出来ていたのでは?
みねこさんも義母さまも。
心の準備は大切ですよ。
悔いのないように接することは、これから生きて行く
私達にはとても大切なことです。
どんなに心を込めて接しても亡くなった後は後悔があります。
でも、心の準備をした人は立ち直りも早いと思います。
感情の赴くままに任せてお過ごしください。
あまり、流されないない程度にね。
辛くなったら、こちらに書き込んでくださいな。

広場のことは、お気になさらず。
みねこさんの友申さんは、みなさん穏やかな方なので
見守ってくださいますよ。
自分との対話に時間を割いて、穏やかに過ごせるよう
願っています。

こちらこそ、よろしくお願いします。

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