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2016年8月 2日 (火)

あれから10年

          

       「手帳 無料画像」の画像検索結果

先日、引出しを片付けていたら、年間スケジュール帳が出て来た。

うひゃ~、随分と溜まっちゃったな~と全部出してみると、

なんと15年分!Σ(=Д=)ノヒィィッ!!

ルーズリーフタイプの物もあり、バインダーを買ってまとめ、

手帳タイプは、年代順に重ねました。

 

15年前の私は、何をしていたのだろうと手帳に目を通しました。

仕事のスケジュール、姪・甥とプールや映画に、友達との約束、

ビッチリ書き込まれている。うひゃ~懐かしいね~

おや?日記的なことも書かれているぞ~

色々と悩んでいたのね~

楽しいこともいっぱいあったんだね~

 

2006年の手帳。何やら乱雑に書かれている。

やたらに『病院』『入院』の文字が並んでいる。

それと、過服薬・・・

そうだ、この年は、忘れてはいけない年なんだ。

今の私を作るきっかけになった年。

姪と甥に恥かしくないよう生きようと決めた年。

しっかりと自分と向き合って生きようと決めた年。

『生きる』と決めた年だ。

 

当時の私は、自分の置かれている環境の悪さを

両親のせいにして逃げていた。

パニックで過呼吸を起すことも頻繁で、逃げる為に、

頻繁に過服薬をやり、救急車で運ばれていた。

いつも運び込まれる病院に、信頼している内科の先生がいました。

パニックで運ばれると、『○○先生!助けてー!』と叫んで

困らせていた。それでも、先生は、いつでも駆けつけてくれた。

先生の顔を見ると、涙が出て落ち着いた。

『先生の顔を見ると落ち着く。』と言うと、

先生は『こんな顔で良ければ、いつでも見せるよ。』と笑って

言ってくれた。

消化器内科の先生だったけど、先生には愚痴を吐き出せた。

愚痴を言えるのは、先生しかいなかった。

精神科の先生もカウンセラーさんも、どこか素っ気なかった。

ぬくもりを感じなかった。

 

過服薬をやると、決まって父から暴力を受けた。

しかし、それは、私を心配してのこと。

解かってはいるけど、子供の頃、受けていた虐待を思い出す。

私の中で何かが崩れた。

あまりの辛さに家出をした。勿論、計画をして。

前日にネットで新横浜のホテルを予約した。

両親が居なくなる時間に、そっと荷物を持って家を出た。

新横浜に着いてから、ちょっとウインドウ・ショッピングをして

早めにチェックインした。

そして、親友に電話した。

親友は、すぐに行くから何処に居るのか?と聞いて来た。

なぜ、私は、自分の居場所を言わなかったのだろう?

迷惑をかけてはいけない。

いや、違う。意地を張ったんだ。

本当は、助けて欲しい。

素直にはなれなかった。

 

妹が携帯に電話をして来た。

『何処にいるの?すぐに帰って!』と。

父の居る家には、帰りたくなかった。

また、親友が電話をして来た。コンコンと説教をされた。

結局、翌日には、家に帰った。

そして、メンタルクリニックの先生に相談した。

父から離れた方が良いとの判断で、1ヶ月入院した。

退院後は、一人暮らしをした。

仕事も外資系の会社に。

しかし、一気に環境を変えてしまった事で混乱して、

仕事は、すぐに辞めた。

職場では、英語。日常生活では、日本語。

言葉は、人格を変えるのだろうか?

英語で話している自分は、生き生きとしている。

しかし、日本語に戻ると自信のない自分になる。

このギャップと一人暮らしの寂しさに飲み込まれてしまった。

 

母に頼まれ、結局、実家に戻ることに。しかし、条件付きで。

私の部屋を父の部屋から離して欲しい。

それと、一緒に食事はしない。

これ、今でも続いています。

父の事は許しているけど、油断すると父は暴言を吐きます。

女性を馬鹿にしたこと、俺様発言をする。

元々、会社でも役員級の地位にいましたから、上から

物を言う事しか知らないし、チヤホヤされて来ています。

誰も父を叱る人はいなかった。だから、自分の言い分は

何でも通ると思っている。一般常識に欠けている。

今では、理論で責めて黙らせますが…^^;

今は、父が私を怖れています。

理論で責めて来るので、太刀打ちが出来ず萎縮しています。

私を怒らせないように父は過ごしています。

可哀想だなと思うけど、今迄何十年と私と母を苦しめて来た

罰が返っているんだと思います。

そのことは、父にも自覚があるようで、過去の自分を悔いています。

年齢的にも親子が逆転する年齢ですからね。

今は、普通の父娘です。

 

 

この10年間で私は、落着いた大人になった。

自分の置かれている環境の悪さを両親のせいにしなくなった。

嫌なら変えれば良い!

自分で変えれば良い!

他人のせいにして逃げてはいけない!

 

ちょっとロマンスもあった。

元彼から10年ぶりに電話があった。

バツ3の彼。泣きごとを言って来るのです。

私は、いつも、そう。

男の泣きごとの聞き役。

終いに『俺、何で君を選ばなかったんだろう?君を選んでいたら

こんな不幸にはならなかっただろうに。』と言い出す。

ば~か!私を選んでも、そんな事やってりゃ不幸になるわ。

自業自得だっちゅうの。

大体、女友達から説教されて恥ずかしくないのかね~

いい歳して女の扱い方もしらないのか!

本当に困ったチャンだね~

それから、こんな男もいたな~

泣きごとを言うので、説教すると『うん、うん。』と聞いている。

『君は、人を見る目がある。』と褒める。

ある時、私が、あなたは、こういう人だよね的なことを

言ったら、『俺の何を知っている!』と怒り出した。

私は、図星だから怒るんでしょう?私は、人を見る目が

あるんじゃないの?と言うと、混乱したんだか?

返す言葉が見つからず『うるせえー!』と怒鳴り散らした。

怒鳴るって、最悪だ。

私の父もそうですが、都合が悪くなると怒鳴って相手を威嚇する。

そんなのは、バレバレだよ~ん。

あれ?(o゚ェ゚o) ロマンスの話は、どこいっちゃったの~

バツ3の彼、今頃、バツ4か5かな?(。´pq)クスッ

私の説教が効いていれば、幸せになっているかな~

孫もいるだろうし、優しいお爺ちゃんになっているといいな。

私に怒鳴った彼も、優しいお爺ちゃんになっているといいな。

 

私は、今でも恥ずかしくないように生きています。

10年で変わった。

色々な人と関わって、喜怒哀楽を味わって来ました。

これからも、恐れることなく前に歩んで行きます。

石につまずいて転ぶこともあるだろうけど、

ちゃんと立ち上がって歩いていきます。

この10年間、色々な人に助けて頂きました。

たくさんの愛と学びを私に与えてくれた事に感謝します。

みんな、ありがとう。

そして、みんなが幸せでありますよう願っています。

今でも繋がっている友達には、これからもよろしく。

そして、残念だけど疎遠になってしまった友達には、

また、私に出来る事があったら声かけてね。待っているよ。

別れる時に、その人の人間性が現れると言いますよね。

すべて、『ありがとう。またね。』と疎遠になっている。

だから、久しぶりに連絡をもらうことがある。

久しぶりに話して、また連絡するねとなったり、

会おうという話になったり、パターンは色々だけど。

色々なご縁で人は繋がっているんだな~と思います。

 

これから、10年後、私は、どうしているだろう?

もしかしたら、もうこの世の人ではなくなっているかも。

この10年で知ったことがある。

一生懸命、真面目にまっすぐ歩んでいれば、困った時や

迷った時に、どこからか救いの手が差し伸べられるということ。

自分に正直に生きていれば、穏やかに過ごせること。

そのことを忘れず、これからも歩んで行きます。

 

 

 

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コメント

倒れても立ち上がる、無様でもそれが生き様になる。

氷室京介の有名な台詞ですが、ふと頭をよぎりました。

男は基本的に感情が先走りするから、物事を論理的に考えて発言、行動はなかなかできないですからね。

かくいうぼくもそれでかみさんに撃破されっぱなしです。(;>_<;)

だからデキル男ってのは謝ることができる人のことをいうんぢゃないですかね。

ぼくも自分に正直に生きていこっと…。(^o^;)

 たこ拳ぢ さん

コメントありがとうございます。

男性も女性も感情的なんだね。
男性でも女性でも理性で動く人は、賢いと思うんだ。
悪く言えば計算高いのかもしれないけど、
先の事を考えて行動できる人は、賢いよ。

》だからデキル男ってのは謝ることができる人のことを
》いうんぢゃないですかね。

それそれ!
男性って本当に謝らないよね。
素直に、ごめんって言えば良いものを
屁理屈を並べて、女性を怒らせるのよね。
あれ、訳わかんないわ~

》ぼくも自分に正直に生きていこっと…。(^o^;)

それが、一番楽さ~(^^)v

エルザさんとお父様との関係・・・、私の長女と夫の
関係に似ています。今は何とか良い関係になりましたが、
40年かかりましたね。

人とのかかわりは、死ぬまで続きます。
私はどちらかと言えば調子の良い、ごますりが出来ません。
嫌いな人&今まで人に悪口を言ってたのに、その相手に会うと
親しそうに会話が出来る人がいますが、そんな器用さがありません。
又 そんな行動する人たちに・・・心を許せません。
自分に正直に生きていれば・・・、
自分に似た人との出会いがありますね。
60代になって見えてきました。

マーチャン さん

コメントありがとうございます。

どうやら、長女と父は、このような関係になりやすい様です。
私の親友のお姉さんとお父上も同じらしく
私の愚痴に共感してくれ、「うちの姉と同じだね。」と。

何だか偉そうに書き綴ってしまいましたが、
意地を張って生きるのは、苦しいですよね。
私には、先輩がいます。
同じマンションのお友達。私より年上だし、
ご両親も見送っています。
彼女も勘が鋭くて、私の言った事に端的なアドバスをくれます。

マーチャンさんのブログも拝見して勉強させて頂いています。
先輩の記事は、これからの私に必要なことですからね。
私のような若輩者がコメントをするのは失礼だと
いつもスルーさせて頂いていますが、それも失礼かと
なるべくコメントを書くようにしています。
失礼があったら申し訳ありません。
これからも宜しくお願い致します。

エルザさん、こんばんは。
エルザさんの歴史(?)を伺って、自分が恥ずかしくなりました。

いつまでも周りの人に甘えて、自立できていない自分を自覚して
いるのですが…。
精神科に4か月入院した時に、主治医の先生から初めに「テーマは
自立だね!」って言われたのですが、退院までにどれだけ自立でき
たのやら…。

エルザさんの今回の記事に、とっても力を貰いました。
これからの自分の生き方を考える良い機会になりました。

 ぼろ さん

コメントありがとうございます。

これは、個人差がありますからね。
私は、もう限界でした。
だから、方向転換するしか道がなかったのです。
たくさんの人達が、助けてくれました。
たくさんの知識が身に着きました。
それを誰かの為に使えたら、恩返しが出来ると思っています。
ぼろさんは、ぼろさんのやり方で掴んで下さいね。

自立って「自分をもつ」って事だと思います。
周りに甘えても良いんです。
人は助け合って生きるものですから。
しっかりと「自分」があればいいんですよ。
私は、そう思いますよ。

これはエルザさんの人生が詰まった大切なものですね。

私はといえば、
前に10年日記購入して数か月で挫折した経験者・・

さまざまなことがある日々、
それを振り返り
自分を見つめることも大切なんですね。

ホシノ さん

コメントありがとうございます。

たまに過去の自分を振り返ってみるのも良いものですね。
成長した自分がみえると嬉しくなります。
嫌な事も一緒に想い出すのは、難点ですが
今は、スケジュール帳に書き込むのは、病院の予定に…
でも、予定があるだけ良いかなと思っています。

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