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2017年8月30日 (水)

自己憐憫

自己憐憫(じこれんびん)って、聞いたことありますか?

 

自己憐憫とは…

自分で自分を可哀想だと思うこと。

自分の置かれた状況を不幸だと嘆いて不満を漏らすこと。

悲劇のヒロインを演じること。

 

もう少し、細かく分析すると、自分を知って欲しい。

話を聞いて欲しい。他者に評価を求めることも自己憐憫

だそうです。

 

この自己憐憫は、小我ゆえに起こることだそうで、依存、

責任主体で生きていないからこそ、起こることだそうです。

 

では、どうすればいいのでしょうか?

大切なのは、『自分を主人公にする』ことだそうです。

 

まあ、自分を理解して欲しいとの欲求はありますよね。

家事、仕事など『私(俺)は、こんなに頑張っているのに…』

褒めて欲しい、認めて欲しいと望む。

悩んでいる時にも、そう思う方もいると思います。

でも、所詮、自分のことは、自分にしかわからないのですよ。

家族でも、友達でも、他人は他人ですから。

自分の柱がしっかりしていれば、振り回されることも

ありませんし、道を見失うこともありません。

だって、これが『自分』なんだから。

 

他人は、案外見ているものですよ。

頑張っている人には、ちゃんとご褒美が届けられます。

感謝の言葉を期待して頑張るのは、違いますよ。

それは、小我です。見返りを求めている。

大我で行えば、気持ち良いじゃないですか。

ただ、与えるのみです。貢献です。

ボランティアだと思えば、いいんじゃないでしょうか?

しかし、感謝の気持ちを届けるのは、大切なことですね。

お誕生日や父の日、母の日、記念日に感謝の言葉を添えて

贈り物をするのも良いかもしれませんね。

 

家族や友達に依存している人も、自己憐憫に陥りやすいです。

~してくれて、当たり前だと思っている。

そうなると、当てが外れた時、裏切ったとか言い出す。

そして、もう誰も信じられないと人間不信になる。

なんだか、人間が小さくないですかね?

距離が近くなると、本来の有り方が見えなくなります。

だから、初めから腹六分で付合いなさいと江原さんは、

言っています。

 

依存心を待たずに自律して生きて行く。

江原さんも、『人生の主人公は自分自身であり、人生の

落とし前をつけるのは、自分以外にいないのです』と

言っています。

 

自分が、自己憐憫に陥っていないか、確認するには、

『でも…』『だって…』のセリフに注意だそうです。

思い込みがないか確認する必要があるそうです。

家族なのだから助けてくれて当たり前。

友達だから助けてくれて当たり前。

本当に、そうでしょうか?

当たり前なんてこと、世の中にあるのでしょうか?

誰が、そう決めたのでしょうか?

 

自己憐憫は、自分で自分の首を絞めるようなものです。

私も過去に自己憐憫の固まりだった時期があります。

気持ちが重くて、憂鬱でしたね。

気持ちを整理して、前に進もうと自分と向き合いました。

これが、結構キツイ。理性で考え、反省も込めて自分の

いけなかった所を受入れなければいけない。

それはそれは、地獄のような苦しみですよ。

葛藤して、泣いて、苦しんで…

でも、その苦しみから脱け出すには、乗り越えるしかないんです。

逃げるのは、楽です。でも、また、苦しむことになる。

同じことを繰り返して苦しみたくない。それならば、

乗越えなければと歯を食いしばって向き合うしかない。

しかし、気付きもあり、さらに人間として大きくなった

気がしました。自分の軸ができ、強くなった自分がいました。

人間、幾つになっても成長するんですね。

 

出口のないトンネルは、ありません。

自己憐憫は、不幸になるだけです。

自分を幸せに出来るのは、自分しかいないのですよ。

ひとりで出来る作業ではないかもしれません。

カウンセラーさんに手伝ってもらうのも良いと思います。

 

イエスマンになって、自己憐憫を感じている方もいるかも。

自分の軸が、しっかりしていれば大丈夫です。

強いとか弱いとか、気にすることはないんです。

私だって、強さと弱さを持っています。

それは、人間だから。自然なことです。

『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』を持ちませんか?

 

 

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心と体」カテゴリの記事

コメント

嫌われる勇気、なかなか出ないかもしれませんね。

メールやSNSで繋がってないとハブにされてるんじゃないかと疑心暗鬼になってしまう現代人ですから。

いっぺん全部取っ払ってみれば見えてくるもんもあるんですけど。

ぼくは嫌われようとも思わないけれど、好かれようとも思いません。

こんなんでよければどうぞ的な。

それでもここまで辿り着くまで半世紀かかりましたけどね。(^_^)

たこ拳ぢさん

コメント、ありがと~(^^)/

此処で言う『嫌われる勇気』とは、周りに振り回されることなく
自分の軸を信じて生きようという意味なんだけど、
確かに、難しいかもしれないね。
でも、たこ拳さんは、『嫌われる勇気』を持っている人だと
私は、思うけどな~
俺は、俺だ!って…

繋がりを誤解している人が多い気がする。
私も、今迄そうだった。
ネットやSNSで繋がっている人に本気で親友だなんて
思っていたし、愛情を向けていた。
孤独だと陥りやすいよね。

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