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2017年9月 6日 (水)

つぶやき20 / 厳しさと優しさ 

最近、なんだか自分の目指していることが違うのか?

最近の私は、優しくない気がする。

このままで良いのかと考えてみました。

 

私は、優しいだろうか?

私は、本当に苦難を乗り越えて来たと言えるのだろうか?

乗越えて来たと、あぐらをかいていないだろうか?

良い人になろうとしていないか?

 

苦難の中に居た頃を思い出してみた。

暗闇に、膝を抱え、うつむいて座っている女の子が見えた。

ガタガタと震え、助けてと囁いている小さな女の子がいた。

あまりの悲しみで泣くことさえできない女の子がいた。

自分の中にいるインナーチャイルドだ。

私は、その女の子の姿に気づき抱きしめた。

『ごめんね。置き去りにして、ごめんね。』と泣きながら。

私は、彼女と一体になり、置き去りにして来たことを

ひとつずつ解決して来た。

小さな女の子を癒し、大人にするのに20年かかった。

その間の葛藤は、苦しくて、何度も暴れた。

色々な人に救われて乗り越えて来られた。

本当に私を救ってくれたのは、甘やかしじゃなかった。

みな、厳しさを持って接してくれたことに救われた。

自分でいうもの変だけど、聞く耳を持っていたことに

救われたのかもしれない。

だから、私は、本当の優しさは、厳しさだと思っている節がある。

 

本当に、そうなのだろうか?

共感だけしているのも、違うと思うのです。

確かに、共感して、じゃあ、これからどうしようかと

一緒に考えてあげるのがベストだと思います。

最近の私は、優しくない気がするんです。

頭が固くないか?傲慢になっていないか?

 

ある人が言いました。

『相手を想って言えば『思いやり』、自分を思って言えば『余計なお世話』、相手の為に損な役を買って出て、『厳しい』助言をするということは、『優しく』なければできないことなのです。』

 

 

スイミングインストラクター時代、指導に悩んだことがあった。

先輩に相談すると、助言を頂けた。

『エルザ先生は、甘い。もっと、厳しくすべきだ。』と。

厳しくとの助言に迷った。厳しくとは、スパルタなのか?

先輩の指導を見て考えた。先輩は、淡々と子供達を

泳がせ、助言はしていなかった。

違う。それは指導じゃないと私は思った。

私は、また、先輩に質問した。

『厳しくって、どういう意味ですか?』と。

先輩は、答えた。

『教えるということは、忍耐が要求される。それは、見守り

が、必要になるから。余計な所で手出しをしては、せっかくの

学びの邪魔をすることになる。じっと見守る。子供でも

どうしたら良いのか考える力はある。むしろ、考えさせな

ければいけない。それが、指導だと思う。エルザ先生は、

すぐに手を出す。考える間を与えていない。初めに説明をして

あげているんだから、後は自分で考えさせる。それでも

わからなければ、聞いて来るから。そしたら、教えてあげれば

良い。先回りして、ああしろこうしろと言うのは、違う。』

目が覚めた思いでした。

私は、厳しさと楽しさを持って、指導することにしました。

先輩のように、ただ淡々とこなすのは違う気がしました。

楽しみながら学んで欲しいと思いました。

 

私は、その時、厳しさの意味を理解しました。

そうやって、考えると、私の周りには厳しい人ばかり。

でも、みんな、温かい心を持った人達です。

そんな、人達と接して、私は、自分を磨いて来ました。

そうやって学んで来たから、頼られれば、応えることもできる。

自分の知識が、みんなの役に立っている。貢献できる。

助言を求められれば答えてあげることもできます。

しかし、残念なことに、私の言葉が届かない時もあります。

これは、私の力不足ですね。

相手を怒らせてしまい、私から離れて行きます。

それは、仕方ないことです。そうは言っても、寂しいです。

 

では、優しいとは何か?

ある方のブログに、こんなことが書かれていました。

 

本当の優しさとは、損得勘定なく、相手の為に接すること。

見返りがなくてもいい。

お礼を言われなくても良い。

嫌われても良い。

相手の幸せを心から願って接することが、本当の優しさ。

時には、厳しく接することもあるでしょう。

たとえ表面上は厳しく見えても、相手の幸せを願う行為なら

本当の優しさです。

 

 

やはり、優しさとは厳しさなのですね。

感情的にならずに、どこまで言うのか?

相手の為を思って正直に言い過ぎると怒らせてしまう。

相手に聞く耳があれば、別ですけど。

怒るのは、図星だったからだと言う人もいます。

私は、これを何度かやり、相手を傷つけてしまったと

自己嫌悪、罪悪感に陥ったことがあります。

しかし、相手に嫌われても、幸せを望めばのこと。

複雑な心境ではありますが、水に流しました。

 

世話好きなので、お節介(押付け)にならないよう

気を付けています。それが、逆に冷たく取られることも

ありますが…

 

今のままで良いと再確認をしました。

どんな自分になりたいのだろうか?

修正するとしたら、どの部分なのだろうか?

それは、事ある度に考えなければいけないと思う。

それが、自分の向上に繋がると思うから。

2~3年前の自分と比べて、笑うとか楽しいと思うこと、

ワクワクすることが減ったかもしれない。

心に潤いが無くなっているかな?

遊び心を忘れているかな?

それとも、自己憐憫に陥っているか?(o゚ェ゚o)

そんなことも考え、反省しながら自分をみつめて

行けたらと思っています。

今日の江原さんの言霊にも『人はいつの間にか、謙虚さを

忘れ、傲慢になってしまうもの。常に我が身を反省しましょう。』

と書かれていました。

確かに…と、うなずくエルザであった。

 

 

余談になりますが、最近、ブログのコメント一覧が、

妙に開かれているんですけど、どなたかコメントを

書いては消しを繰り返していますかね?

遠慮なく、コメントしてください。

このブログは、私が許可しなければ表示されません。

実際に、非表示でお願いしますとのコメントを頂き

対処することもあります。お返事は、メールですね。

もしくは、相手のブログにします。

 

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コメント

厳しさ、優しさ、両方とも愛情がなければ成り立たないものではないでしょうか。

愛情がなければどんなにがんばっても「怒る」は「叱る」に昇格できないし。

また男性と女性では少し違うような気もしますし。

ぢゃあ愛情ってなんだ?ってことになるんですけど…。

なんだ?σ(^_^;)? (高卒にはわかりませ~ん)

たこ拳ぢさん

早速のコメントありがとう(^^)/

なるほどね…
愛情が、からんでくるか…
私もブログに愛情に関して記事を書いているけど、
愛情もまた、温かく見守ることになるのでは?
むずかしいよね~
毎日が修行だね(^^)v

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