嫌な人との出会いの意味
まずは、美輪明宏さんのお言葉を。
上品(じょうぼん)、中品(ちゅうぼん)、下品(げぼん)
これは、人の魂の質を分ける時に使うのです。
上品は、人の理想的な人格、清くて正しくて慈悲に溢れていて優しい、人の為に涙する、そして強くて厳しい所もある。
中品は、そこまで行かないが、そのパワーを半分持っているが、下品ではない、意地悪とかそういうものではない。
下品は、悪い人の条件を全て持っている。妬み、嫉み、僻み。それはマイナスの状態の魂を一手に引き受けている人。
人は上品と接し、少しずつ浄化し上に上がって行くもの。
それが、人間の生まれて来た『意義』です。
それをやる為に私達は、憎んでみたり投げやりになったり諦めてみたり自分を責めたり人を責めたり後悔したりするが、それは全て修行なのです。
嫌な人と出会った時、誰もが感情的になると思います。
美輪さんが、おっしゃるように人には品格(レベル)があります。
嫌な人と出会った時、品格レベルが違うのだと流すのも良いかと思います。下品を相手にすると自分のレベルも落ちますからね。でも、もしかしたらそのお相手は、自分より上品かもしれない。
【起ることには、すべて意味がある】
だとしたら、そこに学びがあるから引き合せたのかもしれません。もし、そうだとすれば冷静に考えて欲しい。そこに何のメッセージがあるのか。何を気付かせようとしているのか。何を教えようとしているのか。嫌な人との出会いもまた必然です。その人と関わることで、自分の弱点を強化したり流す術を習得したりとそれなりに成長の学びとして必要な場合もあるのではないでしょうか。自分と同じような人ばかりの中では、成長はありません。もしかしたら、レベルアップの為の出会いかもしれません。それに、気付けた人はラッキーだと思います。
【引き寄せの法則】で引き寄せてしまったのかもしれません。
疲れていたり、いつもと違ってネガティブ思考になっていると、悪しきものを引き寄せてしまことがあります。振り返って、思い当たることが無いか確認してみるのも良いかと思います。
思い当たることが無ければ、流せばいいのです。
私の龍神様が言いました。
『暴言を浴びた時、相手の言葉の裏を読め。そこには、相手の本心がある。暴言は、嫉妬や弱さゆえ発せられる言葉じゃ。それに気付ければ、腹も立たぬ。流せばよい。それも学びである。嫌なことをされた時は、振り返れ。自分も誰かに同じことをしなかったかと。そして気付けば反省すれば良い。お主は、暴言を浴びた時、なぜ相手がそんなことを言ったのかを考える。それは、良き事じゃ。しかし、助けだと気付くと助けようとする。余計なお世話じゃ。捨て置け。お主の善意が通じない相手もおる。素直に助けて欲しいと言って来た者のみ助ければ良い。お人好しにも程がある。そうやって、お主はいつも・・・』
と、龍ちゃんの説教は続きました。^^;
日々の出来事は、成長の為にあります。
先日、知ったのですが、今の若い人は『因果応報』(カルマの法則)のことを『ブーメラン』と言うそうですね。これは、解かり易い。自分がしたことは返ってくる。まさしくブーメランですよね。近年、このブーメランが返って来るのが早くなっているらしい。宇宙の法則ってやつで。
良いことも悪いこともすべて学びだと、常にアンテナは伸ばして素直に受け取れるようになりたいものです。
私は、最近、嫌なことはありません。こんなに平和で良いのだろうかと思うほどです。自分で言うのも変ですが、それだけ自分に正直に生活できているのだと思います。穏やかな日々に感謝して過ごしています。嫌なことがあっても感謝する気持ちがあると、スーッと消えて行くものです。
嫌なことは、実は自分で引き寄せている場合もあります。そうやって、守護霊様が気付きなさいと言っているのかもしれません。そう考えると、実は有難いものでもあると思います。嫌なこともポジティブに受け取れるようになると、感情的にならず学びとして起ったのだと流せるようになります。そうなった時、たましいのレベルは、上品(じょうぼん)に近づいているのだと思います。
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