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2019年6月

2019年6月30日 (日)

仏教に学ぶ悩みの解消法(反応しない練習)

仏教の教え。それだけで古臭いとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、仏陀の教えは、実にシンプルです。
2500年以上前の教えとは思えない程、シンプルです。

 

悩みとは、一体何なのか?

 

仏陀は、悩みの種類を8つに分けました。
☆生活すること。  ☆嫌いな相手に関すること
☆歳を取ること   ☆愛する人と別れること
☆病気すること   ☆欲しい物が手に入らないこと
☆死ぬこと     ☆ままならない人間の心のこと

仏陀は、これらの悩みを一言で言うと『執着』だと言いました。
そして、執着こそが、悩みの正体であり、執着は、『心の反応』だとも言っています。

 

 

悩み=執着(心の反応)求め続ける心 

 

 

この心の反応を無くせば、悩みは解消される。心の反応とは、何なのか?心の反応は、喜びを求め続ける心だと仏陀は言っています。求める心は、生きる為に必要ではあるが、そこから7つの欲求が生まれる。

 

その7つの欲求とは?
☆生存欲   ☆怠惰欲
☆睡眠欲   ☆歓楽欲
☆食欲    ☆承認欲
☆性欲

 

これらの欲求に心が反応し、時には欲求が満たされ喜び、時には欲求が満たされず不満を抱く。初めは欲求が満たされるが、もっともっとと新たなものを求め続けることで不満を抱き、永遠に満たされることはないです。この状態が、悩みに苦しめられている状態だそうです。
仏陀は、心の反応を無くすことは出来ないが、無駄な反応をしない心を手に入れることは出来ると言いました。
人間は求め続けてしまう心を持っているが、それを否定するのではなく、心とはそういうものだと受け入れるのが前提のようです。無駄なものを求め続けるのは、不合理で不条理だと仏陀は言います。もっと人生は喜びに満ちていいはず。振り回されない自分を作るのは、大切なことだと言っています。

欲を持つ事は、悪いことではありません。しかし、程度はあるのではないでしょうか。欲深いと地獄に落ちます。欲は、程々にですね。

 

 

その方法として、まず、心の状態を言葉で確認する。

これは、心理学ではラべリングと言います。
例えば、私は今イライラしている等の言葉を書出し、客観的に見る。言葉に置き換えることで負の感情から解放されます。頭の中にあることを外に出すことで見えて来るものもあります。

 

 

次に、心の外側へ焦点を移す。

前記と同じく、頭の中から悩みを外に出すこととして、呼吸など身体の感覚に集中する。風や雲、鳥のさえずり等に集中する。ウォーキングなどの運動をする。
私も悩みを持つと近くの川に行き、せせらぎを聞きながら、空を見て雲の動きを見て、鳥のさえずり、木々の葉が風に揺れる音、風の流れる音等を聞き、日差しのぬくもりを感じます。フッと悩みが頭の中を占領しますが、深呼吸をして頭の中を空っぽにするように息を吐き出します。嫌なこと出て行け~って感じで。

 

 

次に、頭の中を分類する。

仏教では、求める心は、3つに分類されると言います。
1.貪欲(過剰な欲求に駆られている状態)
2.怒り(不満や不快に対して怒りを感じている状態)
3.妄想(ただモヤモヤしている状態)

 

この分類こそが大事です。それだけに苦労もすると思います。感情的になっていれば、混乱をして難しいかと思います。私は、取りあえず【怒り】をまとめます。その【怒り】を冷静になった時に、過剰な欲求だったか、何となくモヤモヤしたのかに更に分類します。

 

この3つを中立な立場で、ただ見る。離れた距離で他人事のように見る。これを仏教では、正しい理解【正見(しょうけん)】と言います。無駄な反応を無くすには、この手法を取ると良いそうです。

 

いつも、私のブログを読んでいる方は気付いたと思いますが、私がいつも書いている内容と同じです。『自分の芯を持つ』『振り回されない自分を作る』。この手法は、カウンセリングにもあります。そして、スピリチュアルでも言われています。悩みは、執着。振り回されることは手放す。分っちゃいるけど…難しいですよね。なぜ、難しいか?それは、厳しいかもしれませんが、そこに見たくない自分がいるからなんです。受け入れるのが難しいのも同じです。見たくない自分も出さなければ、先には進みません。とても勇気のいることだと思います。その勇気は、アドラー心理学を理解していれば得られるものだと思います。見たくない自分を無理に見ることはないでしょう。しかし、悩みを手放す為に見なければいけない時が来るかもしれません。物事にはタイミングがあります。受け入れる態勢が整えば、スッと受け入れられる物です。焦ることはありません。しかし、悩みで苦しいのなら、カウンセリングを受けてみることを勧めます。自分では中々出来ないこともあります。手助けしてくれる人がいれば心強いかもしれません。
もう1つの悩み解決法として、『もし、その悩みが友達からの相談だったら』と客観的に考えるのも良いと思います。あなたなら何と助言しますか?その助言こそが、あなたの悩みの答えだったりします。答えは、自分の中にあると言います。
『ものは考え方次第でどうにでもなる』いつも私がブログに書いていることです。その考え方は人それぞれだと思います。このブログに書かれている記事は、私が経験した事、学んだ事を書いています。自分に合った考え方をこのブログで探して頂ければ幸いです。
また、長文になりましたが、誰かの参考になれば幸いです。

 

 

 

2019年6月25日 (火)

つぶやき 42 

いつも読んでいる雑誌、PHPの裏表紙に書かれているコラム的な文章が気に入っています。短い文章の中にちゃんと世界があって感動もし、心洗われる気がします。
今月号(7月号)の裏表紙は、『地獄と極楽』との題名です。
ちょっとご紹介しますね。

 

 

昔、ある武家が白隠禅師に、地獄と極楽とはどこにあるのか尋ねた。すると禅師は、武家のくせに死後のことを騒ぎ立てるのは臆病者だと大いにからかった。
激怒した武家が刀を抜いて、禅師を切り捨てようと刀を振りかざしたその時、「それが地獄じゃ」と禅師が叫んだ。はっと我に返った武家が刀を収め、謝罪すると、禅師は「今のが極楽じゃ」と諭した。
このように地獄や極楽はわれわれの心中、絶えず入れ替わっているのである。誰でも地獄より極楽のほうに行きたいはず。(中略)常時平穏でいることは困難に違いない。しかし、たとえ地獄に取りつかれても、必ずすぐに極楽に戻ってこられる、そんな心がけを確立したい。

 

 

地獄と極楽で、思い出した話があります。

お釈迦様は『幸せになりたければ「自利利他」の道をいきなさい』と教えています。相手を幸せにすることで〈利他〉、自分が幸せになれる〈自利〉。
ある男性が地獄に見学に行きました。するとちょうど昼食の時間でした。さぞ粗末な食事だろうと思っていると、出されていた食事は豪華なものでした。しかし、地獄の罪人はみなガリガリでした。罪人の手には、1メートル以上の長い箸が握られていました。その箸を必死に動かし口に運ぼうとするのですが、口に入れられない。怒り出す者、奪い取る者もいますが、結局は、食べることは出来ない。他人のことなどお構いなしで、自分が、自分が、と考える者を仏教では『我利我利亡者(ガリガリモウジャ)』と言います。
次に、男性は極楽に行きました。やはり昼食時でした。極楽の住人に出された食事も豪華なものでした。しかし、やはり地獄の罪人と同じように長い箸を手にしていたのです。何処が、違うのだろうと男性は思いました。なんと、その長い箸でお互いの食べたい物を取り合って、お互いの口に運んでいるではありませんか。お互いに助け合って、楽しく暮らしている。どっちが幸せかは、いうまでもありませんよね。お釈迦様は、相手を幸せにすることで、自分も幸せになると教えています。幸せの花は、相手と自分との間に咲く花だそうです。

ちょっといい話ですよね。

 

 

先日、考え事をしながら歩いていました。すると、すれ違った人が、こんな言葉を・・・
『念ずれば、花開く』 ん?何?と私は、驚いて立止った。私のアンテナにビビッと来た。そのまま空を見上げた。青空から声が聞こえて来た。
『今を大切に過ごしなさい。目の前にあることを一生懸命にやる。それを実践と私は、あなたに伝えたのです。願うだけでは変わりません。実践することで花開くのですよ。考え過ぎることなく、日々のやることを一生懸命にやりなさい。静寂は祈りです。力を抜きなさい。』

 

 

久しぶりの守護霊様からの神託。最近、ことたまオーラカードを引いています。確かに、最近は、実践のカードが何回も出ていました。この実践が、どうも理解できなかった。何か特別な事をしろと言われている気がしていました。じゃあ、何をしろって言うのよ?と、ちょっとスネていました。結局、今迄通りで良いってことよね。毎日、その日にやることに集中しいて生活しています。カードのメッセージにのめり込み過ぎて、ちょっと、理解が出来なくて『からかっているのか?』と悪態をついてしましましたが、解かり易く届けてくださったことに感謝です。それにしても、驚いた。守護霊様を怒らせてしまったかも…(――;)
『案ずるな。』と鼻をホジホジしながら、横になりフワフワと浮いて(イメージですが^^;)龍ちゃんが言っている声が聞こえた。だよね~^^;

 

 

そうそう、この『念ずれば、花開く』は、熊本出身の詩人。
坂村真民(さかむら しんみん)の言葉だと後で知りました。
熊本出身って云うのもご縁を感じます。
最近、また、マンションの管理業務の色々を処理しています。管理会社さんの怠慢が理事にまわって来るっておかしいでしょう。何の為の管理会社なのよね~ε-(o´_`o)ハァ・・

 

 

 

2019年6月20日 (木)

悩みの捨て去り方 

先日、いつも読んでいる雑誌にハッとする記事をみつけました。
アダルトチルドレンの著書やカウンセリングで有名な信田さよ子さんの記事でした。信田先生の書籍には、私も随分とお世話になりましたね。あぁ~、こういう考え方もあるのか~と、思ったので、みなさんにもお裾分けしますね。

 

 

近年、『自己肯定感』という言葉を聞くようになりましたね。
信田先生は、そこに落とし穴があると言っています。
あらゆる物事の原因を自己肯定感に求めるようになってしまうと、自己肯定感が低い自分は駄目だと思い込む人が出てくる。しかし、そうなったのは、色々な理由がある訳で個人に責任がある訳ではない。すべて自己責任だと考えがちな人は、批判することも大切だと言っています。いたずらに自分を責めても、そこに解決も成長もないそうです。自己主張することを始めると、解決の道も始まるそうです。

 

 

そうなんですよ。自己主張すると今迄見えなかった自分が見えてきます。『私は、悪くない!』と言い続けていると、何処か心に違和感が出てくる場合があります。確かに、起った事に自分は、巻き込まれたのかもしれない。でも、巻き込まれるほど自分は弱いのかもしれない等、気付きもある。そると、自分がすべきことが見えて来るんですよね。『あいつが、悪いんだ!』でスッキリすれば、それはそれで良いのだと思います。

 

 

愚痴や悪口は言っても良い 

傷つくような経験をしたら、一刻も早いケアが必要です。
どんなケアが必要かと言うと、自分を一切否定することなく受け入れてくれる人に、とにかく一方的に話を聞いてもらうことだそうです。トラウマ処理の原則は、自分の被害を認め、自分に責任がないと実感することです。泣いたり怒ったりしながら、一気に話を聞いてもらった方が、あとを引かないそうです。客観的に見る必要はなく、客観も中立もなく、傷つけたほうに責任があるそうです。
また、自己啓発やスピリチュアルでは、悪口はいけないと言いますが、愚痴や悪口はメンタルヘルスには大変有効だそうです。そうやって落ち着いてからでないと、状況は見えてこないそうです。

 

 

確かに。トラウマのカウンセリングの時、感情むき出しで話したけど、カウンセラーさん止めなかったな。吐き出すものを出したら、すっきりして現状が見えて来た。その後、論理療法を受けたな。なるほどね~。
心理学を勉強した後、それでは埋められなかった不安をスピリチュアルで埋めました。自分らしくいるには、柱を作って楽でいられるのが一番良い。そうなると、悪しきものは持ってない方が楽なんですよね。だから、嫌な事はすぐにケアして流す。捨てる。そして、綺麗な物を入れる。これが、私のやり方です。私は、悪しきものを抱えていられるほど、強くはありませんから。今までは、激怒することもありました。バーン!って爆発して治めていました。でも、最近は、爆発する気力もありませんね。馬鹿馬鹿しいと流すことが多いです。右を~向いても~左~を見ても、莫迦と阿呆の絡みあ~い~♪(傷だらけの人生/鶴田浩二)の世の中だからね~。(古っ!)器が大きくなったのかも^^;
でも、信田先生には申し訳ないが、傷ついたと言っても、被害妄想もあるのでは?それとスピリチュアルは、聖人君子でいろとは言っていません。確かにスピリチュアルでは、ネガティブな事は良くないと言っているが、メンタルヘルス上の理念は理解していると思います。ネガティブな言葉を発したい時もあるだろ。発した後は、ポジティブな言葉で打ち消しましょうと言っている。自己啓発やスピリチュアルも心理学に通じる部分はあります。一種の精神論ですからね。

 

 

批判することは、『嫌い』とは違います。『嫌い』は、相手を遠ざけることなので、身の危険を感じる時には必要な感情だそうです。
自分を責めてばかりだと、他人にも厳しくなり、自分より弱い人間を抑えつけ、いじめたくなるそうです。

 

 

先日、妹と電話で悪口の話しをしました。職場に悪口しか言わない人がいるそうで、気分が悪いと話していました。いつも悪口を聞かされるのも嫌なものです。愚痴も同じですね。日常的な不満は、ある程度、誰にでもあることです。それをネチネチ言われるのもその場の雰囲気が悪くなります。吐き出すのが楽なのでしょうが…。いつまでもグチグチしている人を見ると、「この人、頭悪い?」と思うのは、私だけ?ある程度は、自分でケアすることも必要なのではと、私は思いますけどね。それが、出来ないと心は病み、他人を虐めることでストレス発散しようとする。間違った方向に行き、また自分を苦しめることになると、私は思うのですがね。
信田先生のお話は、大きな心の傷を受けた時の対処法だと思います。

 

 

最後に、受止める方がやってはいけないことを書きます。
それは、相手の話しを否定すること。求めてもいないのに勝手に助言をすること。時に助言は、傷口を広げてしまうことがあるそうです。

 

これ、大事ですよね。私もこれをやられて混乱した事があります。もし、自分が相談者だったらと考えれば、されて嫌な事は理解できると思います。私は、相談されることもあるので、これは気を付けないといけませんね。私が、いつも相談する友達は、これが上手なので助かっています。だから、甘えちゃうんだけど…^^; トラウマや心の大きな傷を素人が癒してあげようとするのは、危険だと私は思います。そこは、やはり専門家の手を借りるのがベストだと思います。トラウマと心の大きな傷を抱えていた私でも、経験者とは云え、癒してあげるのは難しい。10人10色ですからね。

 

 

また、長文になってしまいましたが・・・^^;
誰かの参考になれば幸いです。

 

 

 

2019年6月15日 (土)

スタンダード・ジャズ 24 

梅雨寒い日が続いていますが、体調を崩したりしていませんか。
鬱陶しい時期は、音楽でも聴いて、のんびりしましょう。

 

動画再生の場合、右クリックして【新しいタブで開く】
もしくは【新しいウインドウで開く】を選択すると
見やすいと思います。

 

 

サテン・ドール(フォア・フレッシュメン) 

 

セイ・イット・イズント・ソー(ペギー・リー) 

 

センチメンタル・ジャーニー(ジュリー・ロンドン) 

 

九月の雨(スー・レイニー) 

 

セプテンバー・ソング(ジョー・スタッフォード) 

 

いそしぎ(ルー・ロウルズ) 

 

 

 

 

2019年6月11日 (火)

つぶやき 41 

梅雨になると、ジメジメして気分が下がり気味になりますね。曇り空が続くと太陽が恋しくなります☀
ちょっとサッパリしようと美容院に行ってカットをしてきました。美容師さんと最近の話題で色々とお話をしました。


最近、フッと色々な事が頭に浮かびます。過去の出来事で楽しかったことが懐かしくなり、悲しい気分になることもあります。
私は、色々な事を諦めて来たなと思います。それは、ネガティブなことではなく、必要なことだったと思います。パニック障害になったことで、抱えていた不要な荷物を降ろしました。手離すのに葛藤もあり苦しかったですね。でも、今は乗り越えて、お蔭で色々な知識を身に着けることができました。これは、私の宝です。
更年期障害、リウマチになったことで、更に不要なものを手離しました。手離すのに苦労もしましたが、手離すと楽になりました。いつも、自分との会話を欠かしませんでした。
『これで良いの?』と自分に問いかけ答えを出して来ました。
案外と不要なものを抱えているなと思いましたね。拘りが多かった気がします。根がクソ真面目ですから、不要なものは多かったです^^;

 

いつも偉そうに書き綴っていますが、そんな私も未熟でフッと不安になる時があり、久しぶりに友人に電話をすることもあります。いつも厳しいことを言う友人に不安をうちあけると意外な言葉が帰って来ました。
『あなたは、自分の足でしっかり歩んで来た人。これからも同じだよ。』
短い言葉だけど、いつも私を観ていてくれたのだなと、心が温かくなり、感謝をしました。こんなに心強い言葉は、ありません。いつも『しっかりしろ。』としか言わなかった友人が、こんなにも温かい言葉を伝えてくれたことに、本当に感謝しています。この言葉で、私はこれからも頑張れます。ありがとう。

 

 

先日、お気に入りのYouTuberさんの動画で感動しました。
その動画は『日本一美しい村!曽爾に行ってきた!』です。
 

 

人力車引きの男性のお話です。色々な土地を周り曽爾村(そにむら)が気に入り住み着いたそうです。この村、素敵です。この景色があるだけで、必要なものは、ここにすべてあると仰っているのを聞いて、理解できた自分に驚いています。私も最近、不要なものを取り除いて、人生にそんなに必要なものは、無いと気付きました。都会にいると気付かないものが、この曽爾村にはあるなと思いました。
この長閑さが自分の内にあれば、それで充分だと思います。
現代は、物で溢れています。現代人は、そのモノと引き換えに大切な精神を失ってしまったと思います。その傲慢さと怠惰が不幸な事件の元だと私は思います。

 

更年期障害になって、テレビを観るのを止めました。これは、大きな収穫だったと思います。必要な情報は、ネットで見れば良い。情報過多になることが、体調不良の元になると思います。どうしても観たい番組は、録画します。そして、昼間に観ます。夜は、静かな部屋でキャンドルを灯したりして過ごします。この静寂が、私には心地いいです。自然と瞑想をしている状態になります。フッと守護霊様の声も聞こえてきます。龍神様の声も聞こえてきます。たまに、最近連絡を取っていない友人たちの声も聞こえてきます。その時は、友人にメールをします。そうすると、大体ピンチだったりします。最近は、友人たちの声は、聞こえて来ません。みんな元気に過ごしているのでしょう。そう言えば、最近は、夢で逢うな。スピリチュアルミーティングかな?『テキカンするって何?』と言葉を残して行った友。若者言葉か?疑問符を残して行くな^^; どなたか『テキカンする』の意味をご存知の方は教えてください。

 

 

 

2019年6月 6日 (木)

鈍感力を鍛える 

先日、妹と話していて妹が「お姉ちゃんは、物事を深く追求するよね。」と、私は「そうだね。だから、色々と余計なものを背負ってしまうんだろうね。苦労性だよね。貴女みたいに鈍感力が欲しいよ。」と言うと、「酷い。それって、馬鹿にしている?」と「そうじゃないよ。褒めてるんだよ。鈍感力は、必要だよ。」と話しました。
2007年に出版された渡辺淳一氏『鈍感力』は、ベストセラーになりました。妹は、そのことを知らなかったから、馬鹿にされたと思ったのですね。案外、知られてないのかな?

 

 

鈍感力とは、何も感じない事ではありません。
建設的に物事を進められると云う意味です。自分の心・体にダメージが与えられる出来事があってもネガティブに捉えず、切り替えて次に進める力なのです。
よく『ひょうひょうとした人』と云う言葉を昔聞きましたが、ふらふらしているようで、実はしっかりした人ですかね。つかみどころがないけど、要領が良い。飄々とした人もまた賢いです。そんな感じでしょうか?

 

では、鈍感力を鍛えるのは、どうしたら良いのか?
★あるがままを受け入れる。  

受け入れがたいことが起った時、その理由をさぐりだすと深みにハマり心が病んでしまうことになる場合もあります。
あまり考え過ぎずに、起った出来事をそのまま受け入れる。あまり考え過ぎると、被害妄想ではありませんが、事実をねじ曲げてしまう場合もあり、逆に混乱します。そんな時は「なんとかなるさ。」とスルーすること。

 

★他人は変えられない事を理解する。  

自分を変えられるのは、自分だけです。でも、他人を変えることは出来ません。と云うか、それは余計なことなのですよ。嫌味を言われて不愉快になっても、相手は、そういう人なのですよ。その程度のレベルの人なのです。そう思って、自分の気持ちを変えましょう。不思議なもので、自分が変わると相手も変わるのです。正確に言うと変ったように見えるのです。気にならなくなる。

 

★良い面をみつける。

 嫌な事があった時、誰もが不快に感じると思います。しかし、視点を変えると、嫌な事があったから気付けた、ストレスに強くなった、などの利点がみえてくるものです。例えば、太っていることで振られてしまったとしましょう。悔しくてダイエットを始め、スレンダーになった。相手には、振られたけど健康な身体と自信を手に入れられた。それは、メリットではないでしょうかね。それに気付けたら感謝しましょう。感謝の気持ちは、自分の嫌な気持ちも相手の嫌な気持ちも流してくれます。振った相手は、そんなあなたを観て後悔するかも。その時、あなたは、相手より心もレベルアップしていますよ。

 

 

★言葉にする。  

言葉の力を使う。言葉には【言霊】があります。言葉にすることで意識が変わります。例えば「自分って何でダメなんだろう。」を「ダメなことはない、やってみよう。」「自分は不幸だ。」を「自分は幸せになるんだ。」との様にポジティブな言葉にする。言葉の力は、あなどってはいけません。グチグチ言いたい時もあるでしょう。言って良いのですよ。でも、最後は『大丈夫。きっと出来る。』とのポジティブな言葉で終わらせましょう。

 

 

★客観的に考える。  

第三者目線で見るとどうなのかと考えてみる。これは、感情ではなく、理性で考えるということですね。アドラー心理学は、この客観性を具体的に説いたものだと思います。
完璧主義も止めると楽ですよ。「まあ、いいか。」と考えるのは、効果的だと思います。これが、クセになると嫌な事をいわれても「ふ~ん」と聞き流せるようになると思います。

 

 

★気分転換をする。  

実は、これが結構難しいと思います。『今日は、休みだから家でゆっくりテレビでも観ようか』なんてことも逆に情報過多で疲れることになる場合もあります。テレビを観るって案外、体力を奪うのですよ。好きなことをしてダラダラ過ごすのが気分転換になると考えがちですが、余計なストレスになることもあります。私のお勧めは、家事をやること。部屋の掃除や何かを洗うのは、部屋も物も綺麗になるし気分もスッキリします。こんまりさんじゃないけど、部屋をスッキリさせると気持ちも上がって来ますよ。掃除は、心の掃除に繋がります。掃除の後に、綺麗になった部屋で、ゆっくりと好きなBGMでも流してビールやワインを飲むのも良いかもしれません。自然公園に出かけるのも良いかもしれませんね。日常から離れて環境を変えるのは、一番のリフレッシュかもしれません。

 

 

★信念を持つ。  

私は、これが一番大事だと思います。自分の柱・軸・芯ですね。何にでも影響されると混乱します。頑固とは違いますよ。自分は、どうしたいのかをはっきりさせることです。
そして、もし、自分とは違う考えの人が居ても、それはそれで良いと思います。人には個性がありますから。大人の対応として、相手の言い分は聞いて、考えてみます程度の返事をすれば良いと思います。こういう時に都合の良い言葉は「善処します」ですね。考えてみるけど受け入れた訳じゃないからと云う意味ですよね。こう言われれば相手も、じゃあお願いしますになり、その場は落着くでしょう。会社で賢い人は、この言葉をよく使う気がします。

 

 

まとめると『さらりと流す』ということになりますかね。
過剰に反応しない。過剰に反応するのは、不安感があるからとの説があります。その為には、やはり理性を優先させることなのかもしれません。賢く振る舞う。これは、課題の分離が出来ていれば可能だと思います。こう考えると、アドラー心理学と鈍感力って似ていますね。『嫌われる勇気』岸見一郎著 もまた理性ですよね。
人は他人からの評価が気になるものです。『今日ほめて 明日悪く言う 他人の口 泣くも笑うも ウソの世の中』 と一休さんは、詠いました。
『あの人は良い人だ、悪い人だ』と評価するのは、結局の所、自分にとって都合が良いか悪いかを基準に考えての事。他人の評価の鏡に映る姿は、他人の都合で変わるものだそうです。だから、他人の評価なんて気にすること無いのですよ。嫌な事を言われた、された時、その裏を読むのです。すると相手の弱さが見えて楽になります。これは、私の龍神様が教えてくれました。

 

 

しかし、同じことが繰り返し起るのなら、それは、しっかりと考えた方が良いと思います。思考、行動に問題があるのでしょうからね。その際も注意が必要なのは、やはり理性で考えること。感情的になって自分を否定しないこと。ここでも、事実を受け入れ、それならどうしたら良いのかと建設的に考えること。必要ならば、なぜそうなったかの追及も必要な場合もありますが、そこは、あまりフォーカスすることはないと思います。それが、必要な場合は、いつもパターンがあると気付いた時だけだと思います。いつもこのブログに書いていますが、ものごとをまとめる時は、頭だけで考えず、書き出しましょう。書き出すのは、吐き出すに繋がりますが、客観的にものごとをまとめやすくなります。
鈍感力のある人、物事を追求したくなる人は、頭が良いのだと思います。それだけ頭の回転も早いのだと思います。私の妹は、無意識にこれらをサラリとやっています。賢いんでしょうね。

 

 

勉強を兼ねて記事にしましたが、書いてみると私が普段書いている内容と酷似していますね。私は今まで深堀していましたが、最近は程々にしています。少しは、鈍感力がついたかな?龍神さんが言う「流す術」とは、このことかもしれませんね。
また、長文になってしまいましたが^^; 誰かの参考になれば幸いです。

 

 

 

 

2019年6月 2日 (日)

MUSIC LIFE 18 Boston

                       Boston

 

 


アメリカ合衆国出身のロック・バンド。
1970年代後半から1980年代にかけて隆盛した「アメリカン・プログレ・ハード(スタジアム・ロック)」の代表的グループの一つとして知られ、創設者トム・ショルツが全般を創作するプロジェクトの一面を持つ。デビュー早々からミリオンセラーを連発し、全世界での総売り上げは3,300万枚以上を記録している。

 

 

☆動画を再生する時は、右クリックして【新しいタブで開く】を選択すると観やすいと思います。

 

More Than A Feeling (1976)

 

Peace Of Mind(1977)

 

Don’t Look Back (1978)

 

A Man I’ll Never Be(1978)

 

Amanda(1986)

 

 

 

エルザのちょっとつぶやき
久しぶりに音楽記事を書きました。リニューアルされて、動画の貼付けが面倒だなと思っていましたが、少し慣れてきたのでアップしました。
これからも少しずつアップしていこうと思っています。
実は、小指の骨折(昨年12月)が原因で、腱鞘炎になり手が使いづらいです。2か月になるのですが、手は日常でも使うので治りが遅いです。しかも、その影響か?肩まで痛くて眠れない日もありました。整形外科の先生は、首をひねるばかりで…。原因が判らないのです。痛くても動かない訳ではないので。こうなるとスピリチュアルな意味があるのかと考えますが、どうなのか?最近、少し暖かくなって来たので痛みも楽になっています。
リウマチの影響でもない、四十肩でもない、じゃあ、何だ?その答えを龍神さんが教えてくれました。そういうことね((φ(・д・。)ホォホォ 

 

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