老親との会話がうまくいかない
どうして、こんなにも話がかみ合わないのでしょうか。元々の性格もあるので老化だけのせいには出来ないのでしょうが、相手の話を聞く力、理解する力が低下しています。だから、自分の言いたい事だけを主張してくる。「それは、できないんだよ」と話しても、頑固になり「俺には俺のやり方がある」と進めてしまう。そして、失敗する。すると本人は自分の衰えにショックを受ける。何とかしてあげたいけど、話が聞けない(理解できない)のなら何もしてあげられない。どうしたら、上手く会話が出来る(意思の疎通ができる)のだろう。やはり老親との付き合い方、どうしたらいいの?にも書かせて頂きましたが、精神科の先生のコラムに書かれていることを理解する必要があると思います。
精神科医、カウンセラーさん、介護職の基本となる手法に『傾聴』と云うのがある。簡単に説明すると、「耳」「目」「心」を傾けて真摯な姿勢で相手の話を聴くコミュニケーションの技法。受容と共感が特徴である。字のごとく耳を傾け聴くということですね。介護職の姪がよく言います。ただ、聞いて「そうなんだ~」「大変だね~」程度の返事をする。あまりムキになって聞かないこと。
しかし、困っている時は、軽く流す訳にはいきませんよね。本人も日常生活で困っている。何とかしてあげられないかと私なりに考え手助けしようとします。でも、意思の疎通が出来ないので、考えれば考えるほど気分がイラつき落ち込みます。これでは、私が潰れてしまうと思い、私のメンタルの主治医に相談しました。先生は、私の話を聞いて『すぐに連れて来なさい。認知になっている可能性がある。よく、ここまで支えて来たね。とにかく診察を受けて、あなたの負担を減らしなさい。』と言いました。すぐに診察の予約をしました。
認知になっているかも…そんな風に考えたことはなかった。色々と出来ないことは増えているけど、健忘症じゃないかと思っている。
よくお友達にも、ちょっとでもおかしいと思ったら診察してもらった方が良いと助言をもらっていました。その「ちょっとでもおかしい」の基準が難しい。こんな時、私に夫がいたらと思います。支えてくれる人が欲しいです。
介護をしていると、つい怒鳴ってしまうことがあります。怒鳴った後「また、怒鳴ってしまった。」と落ち込むのですよ。でも、この落ち込みは介護者だけではなく介護されている方もつらいそうです。「また、怒らせてしまった。」と思うそうです。だから、「落ち込み」は必要ないそうです。介護者は、自分を責めてはいけないそうです。私は、もっと優しくできないのかと自分のことを責めてしまう。母にも「あんたは、よくやっているよ。そんなに頑張ることないよ」と言われます。頑張っているつもりはないんですけどね。長女って細かい所に気付いちゃうので、色々とやってしまうのかもしれません。生真面目な性格もあると思います。父との接し方を変えないといけないのかもしれませんね。親の老いを見せられるのは、お別れの準備なのかもしれません。そう思うと丁寧に接したいと思います。
先日、父が大きな病院で脳の画像検査をしました。父は認知検査の結果、認知症ではありませんでした。やはり健忘症のようです。一応、脳の画像と血流を調べることになりました。私は、リウマチがあり遠くの病院には付き添えないので、妹に頼みました。妹は、少し早めに来たので改札で待ち合わせをしてランチを買うことにしました。改札で妹の顔を見た途端、涙が止まらなくなりました。抑えていたものがあふれ出てしまって…来てくれた妹にも感謝の気持ちもあり・・・。妹は「感謝しているのは、こっちだよ。いつも押し付けて申し訳ない。」と言いました。不意に出た涙に自分でも驚きました。私、こんなに抱え込んでいたんだな~と気付きました。甘え下手が、こういう所にも出るのですよね。もう少し、気楽にできるよう考えようと思います。それと、やはり気持ちの余裕は必要だと思います。最近、余裕がなかったから、追い込まれてしまったかもしれませんね。しばらく、ゆったりと過ごしたいです。なかなかブログに弱音を書けません。私のブログは、応援のブログですからね。でも、たまには書かせてくださいね。画像検査の結果は、30日に妹と聞きに行きます。また、その時のことは書かせて頂こうと思います。
長文になりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
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