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日記・コラム・つぶやき

2022年4月16日 (土)

つぶやき 63 

2022年になって、今でも元気にいます。
少しは、元気になり大きくなっているかな?
退院して6ヶ月だろうか・・・
言語聴覚士と作業療法士は、今でも手の間が合っています。
長い間だと思い、楽しいことです。

 

身体は、元気だとは思います。
でも、脳出血による失語症で「聞く」「話す」「読む」「書く」といった言葉の働きに何かの不具合が生じるのが特徴です。その症状は主にもありになる。
私の状況は、先生に良いと言われています。

 

思い(気)も消えてしまうんです。
言われた時も、すぐに理解が出来ないんです。
そう言って困ったこともあります。
でも、私は、神様からの助けだと思います。

 

ちゃんと世界の流れってあるんですよね。
私は、頑張って生きたい生を苦しんでいた。
その人生は、突然に救急搬送にされ人生は変わった。
私は、変ったころになる。
そして、私を助ける人々だと入れ替わる。
苦しんで来たから、楽となっていける。

 

この話せも続きしていました。
このことは、話したい生活です。
笑って、初めました毎日です。自然に泣き忘れますが、すぐの忘れます。
家族も仲間です。リハビリ仲間たちとも、ご近所さんとも話します。
笑って以前とが変わってなります。
この脳出血による失語症でになった人は、いろいろな理由があると思います。
でも、私は、苦しんでいるではないと思います。

 

まだ残って記事があるのであると思います。
皆さんも理解があると思います。
これかたも少しずつ記事を書きたいと思います。
失語症の私で記事を書きたいと思っています。
よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

2021年12月27日 (月)

私の2021

 

今年は、どうだったか?
私の答えは、またの入院になりました。
でも、はじめが2ヶ月のものが、10ヶ月になったものだ。
それは、退院手続きがかかった。
それが、何でもかかった。
医師と看護師、リハビリの仲間たちが守ってくれた。

 

10ヶ月で退院からは、サービスがあった。
以前からのリハビリの仲間たちが始まりにいた。
楽しくなる日に日になっている。
時々に想い出を持って行く。

 

始めた4人リハビリの仲間たち。
会いたくなる。助けてくれた人たち。
初めて生ける時を知ったこと。
今は、会えない。となりの病院だからね。

 

私は、脳出血で失語症です。子供のようなことにします。
でも、自分で死ねない。迎えるまでは、いけない。大切にない。
迎えが良いまで生きてまでが行けません。
皆さんも、生きてくださいね。

 

 

2021年12月11日 (土)

つぶやき 62

 

『私としての失語症がダメです。でも私はグッドです。
でも、やはりつぶやきは怖くなる。皆に嫌われる。
来年は頑張ろうと思う。意味が変わるかな?』

 

朝からつぶやきをしました。
書き始めたのも大変しました。
今まで、書くことは聞いて。
記事を書くことはダメです。
話で声をだすのは、先生もグッドです。
書きもいい日あります。ダメな日もあります。
話すも学び出来ます。ダメな日もあります。
日に嫌われると思う日もあります。
何で脳出血なんてなったんだろう。
でも、考えても仕方ない。
そのことで出会ったリハビリと楽しいは、幸せだと思います。

 

 

2021年10月28日 (木)

つぶやき 61

 

死の体験で知った。
もう、死を考えする不要はない。
死は、怖くない。
だから、他人が話すことはいらない。
自然と待ちあって来るだけである。
待つだけです。

 

 

私にはあった緊急ことであった脳出血です。
そうまでは、神様の話に飲み込み、宇宙人にまでの必要をした。
脳出血後の思いは、神様も宇宙人も考えていることではないと思った。
消えることは、自然に無くなった注意だった。
失いなう時こそ、その個人の意味だったと思う。

 

 

2021年10月14日 (木)

つぶやき 60 

エルザ、帰ってきました。
前には、2月15日に出さないものです。
話し内容は、失語症になるものです。
所が・・・その後、6か月に入院になっていました。
『次回始まる』のつまりに、また、入院でした。
ただ、2ヶ月のつもりでした。でも、なぜのことが6ヶ月入ったには、悲しい日々でした。理由なんて何でもいいんです。退院してやっと自由に信じられる人生になれたと思っています。
脳出血による失語症。
その1年から入ったリハビリの仲間たちがいる。
静かに行きたいとします。

2021年2月15日 (月)

つぶやき 59 

 

『次回始まる』の記事の後で、たくさんの訪問をありがとうございました。
意味不明な記事なのに、嬉しかったです。
後で、自分で読んで思いました。理解ができないですよね。よくこんな記事が書けるものですよね。しかし、訪問が100人を過ぎました。読んだ方も理解が出来たと話してくださいます。
脳出血になって6ヶ月です。病院に入院4ヶ月、退院して2ヶ月で疲れも出ていますが、日々頑張っています。まあ、失語症があるので話しはダメですがね。

 

 

失語症をご存知しょうか? 私も知りませんでした。
病院退院して寂しく思っていました。何となくYouTubeも見ました。
【報道特集】失語症~途切れた言葉の糸~ 
視聴は、19万あり、コメントも214件があります。
失語症も30万人~50万人だと言われている。話もできない人もいろいろあるらしい。

 

失語症は、自分だけだと思っていました。パソコンでたくさんの患者さんがいることを知りました。話す、書く、これもできない人たちもいます。その助けになる「言語聴覚士」もいるんです。若い世代に夢になり言語聴覚士の勉強をしている人もいます。
私も病院でリハビリテーションを受け、言語聴覚士に話を受けました。先生が驚いたように話が出来ると言ってくれました。でも、失語症ですから。
私は、失語症の人のなかでは、症状が軽かったみたいです。だから、学び上手になって欲しいと何度も言われました。病気中には、リハビリテーションをやっていくのは決まりです。退院後は、3ヶ月訪問リハビリをつづけました。先生は、もっとと声をかけますが、お断りをしました。私は、家族と話が出来れば充分です。だから、このまま落ち着きます。

 

また、今の気になっていることを書きたいかな?^^;
では、また・・・

 

 

 

2021年1月23日 (土)

次回始まる

 

2020年8月17日 夜、急に気を失った。

 

こんな書き方から始まりました。
自分の始まりだった。救急搬送から始まった。倒れているんだけど、どうされて行くのか?と思ってみた。
でも、私は、死は死んだのかとも思い気を見たしてのか?とも感じていた。その時の私の考えは、素晴らしいな実際の世界で、夢のような色々で、夢のピンク、青、黄色して、観にした所だけだった。素敵ないな世話だった。

 

それだっただけか、外は実践がいた。
入院にいたらしい。その人生は、わかっていた。救急にされ、ベッドに看護士されているようだった。でも、考えはしなかった。
2週間いたが、すこしずつ現実が、感じみんなの感動を感じた。SCUにいたのか、看護師にあって必死に命がけ世話してくれる。この私への世話者が、4人だった。4人のリハビリテーションに教えあったように、最高ないよう光ってくれた。

 

そのひとりの彼のことはずっと気を引き締めてくれていたから。
影なる支えも忘れないよ。忘れないよ。

 

 

脳出血2020年8月17日救急。
失語症になり、病院へ入院。4ヶ月の12月10日に退院しました。
とにかく家に帰りたくてなりたかった。すぐに泣くはじめる時にあった。リハビリのみんなは楽しかった。
入院中も元気になり失語症もアップして、この程度まででした。
へんな文章だっただろう。でも、少しに自分のこと、リハビリ仲間を何とか残したかった。
私の脳出血は、ストレスが原因です。医者、看護師、リハビリ仲間、この人たちの力のためです。これの自分方をリハビリ仲間が、助けてくれました。
年齢からだち仲間は、20代です。でも、友達してくれました。私も、泣き出した。相手と達人できたのは、私のやり方ができなかったから。20代のリハビリ仲間がいただけ。感激です。

 

 

今回の私は、始まります。
それ私は、他人を支えて、自分は2番目だったんです。友人を守るだった。
もう、自分は1番目です。他人を関係ないです。何も使わなく関係ない。
失語症なんだから、自分です。もう私には力がなくなった。

 

 

 

 

 

2020年7月15日 (水)

心をやわらかく 

 

仏教には、心をやわらかくする為の知慧がたくさんあります。
『触光柔軟(そっこうじゅうなん)』仏様の知慧の光に照らされて心身が柔軟になる。仏縁を大切にして、心が委縮していないかを点検していくイメージをもつのはいかがでしょうか。また『和顔愛語(わげんあいご)』という教えを実践することも、柔軟な心を養います。人と接する時に、穏やかな態度で慈愛の言葉を使いましょうとの教えです。   釈 徹宗
 

 

 

上記は、PHP Special 2020年8月号から抜粋しました。
最近、心を柔らかくとか緩めるとの言葉をよく耳にします。どうやら、私の新しい学びは、これのようです。充分、柔らかくなったと思っていたのですが、神様は、更に学べとおっしゃるようですね。

 

 

私達には『感情』というのがあります。その感情に振り回されて疲弊することがあります。疲弊する感情は、ネガティブなものでしょうね。ネガティブな感情を持ってはいけないと思っていませんか?どうやら、そうでもないようなのです。ネガティブな感情の裏には、不安、怒り、焦り、自己否定などが隠れています。これは、心からのSOS(心のバランスが崩れているよ)でもあり、大きな気付きになります。心をゆるめてあげましょう。毎回、書いていますが、この裏のメッセージに気付ければ楽になれるのですよ。何に対して不安、怒り、焦り、自己否定しているのかを考え、対策を考えればいいのですから。嫌だなと思うことは、ためらわずに手放して良いと思います。しかし、世の中には、NOと言えない場面もあります。その場合は、距離を取る、捉え方を変えてみると少しは楽に進められるかもしれません。ネガティブな感情は、自分を知る材料になります。

 

 

心からのSOSは、身体の不調としても現れます。先日、私は右肩と背中の痛みを感じました。疲れているのかなと湿布を貼りましたが、2日経っても一向に痛みが取れません。もしかして、メッセージなのかなと思い、気持ちの整理をしました。肩や背中の痛みは、“余計な事を考えたり、背負ったりしているよ”とのメッセージです。父の認知の対応に追われてはいましたが、気持ちは穏やかでした。考え過ぎがあったようです。痛い部分を擦りながら「ごめんね。もう、止めるから。自然に任せるから。ごめんね。」と言いました。翌朝、痛みは嘘のように消えていました。

 

 

ネガティブな出来事は、この先に良いことがあるよとのお知らせだと純ちゃんは言いました。こうなりたいな~との願望も、未来の自分が「なってるよ」と呼んでいるので努力すればなれるそうです。それと、口癖も気を付けたいですね。ポジティブな言葉は、心を軽くします。嫌なことがあった日でも「嫌なことがあったけど、お陰で気付きもありました。ありがとう。」と言うだけで、気持ちも楽になると思います。私は、ネガティブな気持ちになった時『大丈夫!私は守られているから!』と言います。私の産土神は、天照大神です。産土神は、一生守ってくれる神様です。それに龍神さんと弁財天様がついています。アマテラスは、日本の最高神ですよ!こんなに心強いことはありません。太陽の女神がいるのですから。メッセージを受け取る為にも常に心は清らかにしています。ポーンとメッセージを降ろしてくださいます。時にすぐに気付かない時もありますが・・・(^-^;

 

 

常に自分との会話をすること。余計な重い荷物は、早く片付けること。時には、諦める必要もあります。『自分が、どうしたいのか分からない。』との声を聞くことがあります。本当は、解っているのですよ。答えは、常に自分の中にあります。ただ、認めたくないだけです。認めるのはつらいことかもしれません。でも、意地になってこじらせると、それだけ苦しいことが長引くだけです。認めても自分を責めることはないのです。「私、こういう所あるよな。これから気を付けよう。」で良いと思います。抑圧していたことを認める時は、涙も出るでしょう。泣いて膿を出してください。決して自分を責めないでくださいね。認めた自分を褒めてください。それでも、認められない、苦しいのなら自分に『ありがとう』と何度も言ってみてください。責めるでもなく感謝の言葉をかけてみてください。自分を縛り付けているものから解き放たれる感じがしますよ。嫌な事に目を向けるのではなく感謝することに目を向けることを習慣にすると気持ちは楽になります。
自分との会話は難しいと思われるかもしれませんが、慣れれば簡単ですよ。独り言(自問自答)のようなものですから。寝る前に、1日を振り返って反省会をすると良いと思います。時々、自分との会話をしていると「あれ?今の言葉、どこから出て来たんだろう?」と思うことがあります。それは、守護霊さんの言葉です。そのまま、守護霊さんとの会話になることもあります。会話形式でも良いし、書き出しても良いです。

 

 

世の中の流れは、実にうまくできているな~と思います。その人に必要な学びの場面を与えてくれる。それを素直に受け入れれば乗り越えられるのです。当たり前は、当たり前ではなく努力の上にあるのだと私は思います。日本人は、その意味をすぐに理解できる民族だと私は思います。

 

 

心をやわらかくする努力はしたいものですね。何より穏やかに暮らせますからね。感謝の日々です。私は、高校生の頃から死んだら神様に褒めてもらうんだ。頑張ったねと褒めてもらえるように生きようと思いました。それは、一生懸命に生きたとの満足かもしれませんね。日々精進です。

 

 

長文になりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

 

2020年6月14日 (日)

つぶやき 58 

 

私は、ありがたいことに親に厳しく礼儀を教えられました。だから、子供の頃から人様の前に出ることは恥ずかしくありませんでした。『いつも何処かで誰かが見ているものだ。』と学校でも教わりました。だから、悪いことはしてはいけないと学びました。子供の頃から大人の裏社会を見て育ちました。だから、ものを知らない怖さを知っています。大人社会のルールとでも云うのでしょうか。因果応報のような昔から言われている世の中の成り立ちのようなものとでも云うのでしょうか。

 

 

何で、こんなことを書いたかというと、あまりにもものを知らない大人が多いと感じたからです。ゆとり教育も受けていますからね。それ故に、過保護に育っているのでしょうか。人間性の問題だとも思いますが、人間として大事なものが足りない気がします。こんな私を生真面目だと思う方もいるでしょうね。でも、そこそこ遊んできました。20代前半は、ジャズシンガーになる為に歌のレッスンもしていました。歌もただ歌えばいい訳ではありません。上手だけではプロにはなれない。歌の中に“遊び”がなければつまらないものになります。特にジャズはね。英語の発音も遊びが多いです。文字としては表記されているけど発音しない音があります。この遊びがあるから楽しいのですよ。生真面目に物事を捉えたり逆に逃げていては人生が苦しくなります。

 

 

本題から反れてしまいました。結局の所、何が言いたいかというと、今 巷を賑わせている不倫問題です。想像力の欠如、いつも何処かで誰かが見ているとの危機感がない。欲にかまけて周りが見えていない。こうしたらこうなるとの想像力がない。しかも、相手の女まで平気でしゃべる。どういう神経しているのだろうと疑いたくなる。不倫は被害者も加害者もない。同罪ですよ。自分の立場をわきまえなさい。でもね、因果応報。自分がしたことは返ってきます。それで、彼は大事な仕事を失いました。信頼も失いました。男性には致命傷でしょう。彼は、この重い十字架を背負って生きて行くのです。その十字架が色々なことを彼に教えてくれると思います。だから、決してマイナスの事ではないのです。やってしまったことは事実です。それをしっかりと受け入れること。そこから逃げてはいけない。幸い『おまえ、バカだな』と言ってくれる友がいます。その愛ある言葉に感謝して反省して欲しいと思います。災難も学びです。美人の奥さんがいる人ほど浮気をするそうですよ。DaiGoさんが言っていました。

 

 

こういう巷での出来事をどう思いますか?
ただ、批判だけして終わらせますか?そこに自分へのメッセージがあると思いませんか?神様は、『お前は大丈夫か?愛ある行動が出来ているか?』と言っている気が私はします。

 

 

 

2020年6月 6日 (土)

つぶやき 57 

 

6月6日の小野寺S一貴さんのブログを読んで思った。
やはり、人は人と関わることで幸せを感じるのだな~と。
コロナによる外出自粛で引きこもりの状態になった。それで気付いた方も多いでしょう。人と関わることは嫌なこともあるけど、色々なことがあることで学びになっている。
『もう傷つきたくない』と人と接することから逃げることもあるでしょう。でも、人と接する機会が減ると、そんなに悪い事ばかりではないと気付きます。
その人がいてくれたから乗り越えてこられた、支えられた、助けられたと気付くこともあるはずです。私もこの点で後悔していることがあります。

 

 

人の幸せは、人間関係があってこそ。
そう、人間関係の中で一喜一憂することこそが人生であり。
私たちがエネルギー源となる「感情」の起伏を大きくする役割を担っているのです。

 

 

小野寺さん、黒龍さん、ありがとうございました。

 

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