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老親との生活

2020年7月 1日 (水)

父の画像検査の結果 

 

父の脳の画像検査の結果を聞きに妹と病院に行ってきました。
検査は、MRIとSpectという血流の撮影です。数日前に検査に行っています。別の大きな専門病院での検査だったので、そのCD-ROMを預かっています。診察の際、先生に渡します。しかし、父が『そのCDを見よう。』と言い出しました。そして『コピーを取りなさい』と。もう、呆れて・・・ヒィー(゚ロ゚ノ)ノ

 

 

画像検査の結果、初期のアルツハイマー型認知症だと云うことで薬を処方されました。やはり正常ではなかったのですね。元々の父の性格だと思っていました。だから、私の受け止め方を変えれば良いと思っていました。でも、私が感じた父の異常は間違っていなかったのですね。アルツハイマーの特徴は、順序だてて物事を考えることが出来ない。季節に合わせた服装が出来ない。それは、父の状態に当てはまります。早い段階で気付けて良かった。

 

 

前回の記事で頂いたコメントに感謝です。
私は、父との確執がありました。虐待です。でも、父は、その事実を受け入れ謝罪してくれました。私も許しました。だから、今は父との間にわだかまりはありません。家族は距離が近くなりトラブルになることが多いです。依存もします。だから家族でも距離が大切なのです。でも、家族ですから愛しています。だから、何とかしてあげたいとの一心で相手の事を考えます。考え過ぎて混乱して優しくできない自分を責める時もあります。
頂いたコメントを読んで、完璧になんてすることない。冷たいと思われるかもしれないけど、もっと力を抜いて距離を取りながら接して行こうと思いました。とにかく自分が潰れないようにしないとね。

 

 

はっきりしたことで私も落ち着きました。初めは、認知ではないと思っていました。だから、喧嘩になることもありました。でも、認知だとわかれば出来ないとの理解ができます。そのことでこちらも優しい気持ちで接することが出来ると思います。姪が妹に『エルちゃんが、やられてしまっている』と言ったそうです。それと『認知は、こんなもんじゃない』とも。姪にも結果報告をしました。介護職でホームの利用者さんには、優しくできるけど、やはり家族となると面倒だと思うのでしょうね。知識があるからと当てにしていたのですが、あまり頼ってはいけない感じがしました。
もう、凛とした父の姿はありません。悲しいですね。父は前立腺がんも患っています。世話をする私も若くない。持病もあります。でも、親への恩は忘れたくない。父がいたから私は、今こうして生きていられる。感謝しかありません。お別れの時期は、近いかもしれません。後悔はしたくない。残された時間を無理せず出来る事だけやって行こうと思います。
前回、コメントをくださった方々、ありがとうございました。非表示でとのことでもコメントを頂いています。広場の方でもコメントを頂きました。本当にありがとうございました。とても勇気づけられました。男性のコメントは、受容と助言が理性で書かれているので助かります。また、へこんだらよろしくお願いしますね。

 

 

 

2020年6月25日 (木)

老親との会話がうまくいかない 

 

どうして、こんなにも話がかみ合わないのでしょうか。元々の性格もあるので老化だけのせいには出来ないのでしょうが、相手の話を聞く力、理解する力が低下しています。だから、自分の言いたい事だけを主張してくる。「それは、できないんだよ」と話しても、頑固になり「俺には俺のやり方がある」と進めてしまう。そして、失敗する。すると本人は自分の衰えにショックを受ける。何とかしてあげたいけど、話が聞けない(理解できない)のなら何もしてあげられない。どうしたら、上手く会話が出来る(意思の疎通ができる)のだろう。やはり老親との付き合い方、どうしたらいいの?にも書かせて頂きましたが、精神科の先生のコラムに書かれていることを理解する必要があると思います。

 

 

精神科医、カウンセラーさん、介護職の基本となる手法に『傾聴』と云うのがある。簡単に説明すると、「耳」「目」「心」を傾けて真摯な姿勢で相手の話を聴くコミュニケーションの技法。受容と共感が特徴である。字のごとく耳を傾け聴くということですね。介護職の姪がよく言います。ただ、聞いて「そうなんだ~」「大変だね~」程度の返事をする。あまりムキになって聞かないこと。

 

 

しかし、困っている時は、軽く流す訳にはいきませんよね。本人も日常生活で困っている。何とかしてあげられないかと私なりに考え手助けしようとします。でも、意思の疎通が出来ないので、考えれば考えるほど気分がイラつき落ち込みます。これでは、私が潰れてしまうと思い、私のメンタルの主治医に相談しました。先生は、私の話を聞いて『すぐに連れて来なさい。認知になっている可能性がある。よく、ここまで支えて来たね。とにかく診察を受けて、あなたの負担を減らしなさい。』と言いました。すぐに診察の予約をしました。
認知になっているかも…そんな風に考えたことはなかった。色々と出来ないことは増えているけど、健忘症じゃないかと思っている。
よくお友達にも、ちょっとでもおかしいと思ったら診察してもらった方が良いと助言をもらっていました。その「ちょっとでもおかしい」の基準が難しい。こんな時、私に夫がいたらと思います。支えてくれる人が欲しいです。

 

 

介護をしていると、つい怒鳴ってしまうことがあります。怒鳴った後「また、怒鳴ってしまった。」と落ち込むのですよ。でも、この落ち込みは介護者だけではなく介護されている方もつらいそうです。「また、怒らせてしまった。」と思うそうです。だから、「落ち込み」は必要ないそうです。介護者は、自分を責めてはいけないそうです。私は、もっと優しくできないのかと自分のことを責めてしまう。母にも「あんたは、よくやっているよ。そんなに頑張ることないよ」と言われます。頑張っているつもりはないんですけどね。長女って細かい所に気付いちゃうので、色々とやってしまうのかもしれません。生真面目な性格もあると思います。父との接し方を変えないといけないのかもしれませんね。親の老いを見せられるのは、お別れの準備なのかもしれません。そう思うと丁寧に接したいと思います。

 

 

先日、父が大きな病院で脳の画像検査をしました。父は認知検査の結果、認知症ではありませんでした。やはり健忘症のようです。一応、脳の画像と血流を調べることになりました。私は、リウマチがあり遠くの病院には付き添えないので、妹に頼みました。妹は、少し早めに来たので改札で待ち合わせをしてランチを買うことにしました。改札で妹の顔を見た途端、涙が止まらなくなりました。抑えていたものがあふれ出てしまって…来てくれた妹にも感謝の気持ちもあり・・・。妹は「感謝しているのは、こっちだよ。いつも押し付けて申し訳ない。」と言いました。不意に出た涙に自分でも驚きました。私、こんなに抱え込んでいたんだな~と気付きました。甘え下手が、こういう所にも出るのですよね。もう少し、気楽にできるよう考えようと思います。それと、やはり気持ちの余裕は必要だと思います。最近、余裕がなかったから、追い込まれてしまったかもしれませんね。しばらく、ゆったりと過ごしたいです。なかなかブログに弱音を書けません。私のブログは、応援のブログですからね。でも、たまには書かせてくださいね。画像検査の結果は、30日に妹と聞きに行きます。また、その時のことは書かせて頂こうと思います。

 

 

長文になりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

2020年4月 3日 (金)

老親と暮らす 

 

先日、父がもらって来た薬が足りないと言い出しました。どうやら、1日に1回を2回飲んでしまったようです。父は、いきなり調剤薬局へ行ってくると言いました。私は、何をしに行くのかを聞きました。
『足りない分を出してもらう。』
『お父さん、薬は処方箋がないと出せないから。』
『かもしれないけど…。ごちゃごちゃ言うな!』
父は、出て行きました。

 

 

数分後、戻ってきました。
『どうだった?』
『やっぱり、お前が言うように出せないって。それと、足りない分を出してもらう時に、すぐに出せるよう準備しておけと言って来た。』
『すぐに出せって…。薬局に薬の在庫はあるんだよ。処方箋を持って行けば、順番で出してくれるよ。』
『うるさい!俺には、俺のやり方があるんだ!』

 

こんな非常識なことを平気でやってきます。妹に話すと父の非常識さに呆れて父に一言言いたいと言い出しましたが、いつものように「冗談だよ~」で済ませると思い、妹には私が調剤薬局さんに謝りに行くからと話しました。
私は、すぐに過服の際の副作用を調べました。問題はないようですが…
診察の際、主治医に話すと、過服は腎臓に負担がかかるとの話で、いつものホルモン注射はできませんでした。採血の結果を見ないとホルモンの治療は出来ないとのことでした。
もう、自分での薬の管理は無理なのでしょうかね。
父としては、いつも利用している調剤薬局なのだから、融通を聞かせてくれればと。そんなのは昭和の話でしょう。薬事法で処方箋が無ければ出せないと決められているのだから。「何でもかんでも事務的なのは嫌いだ」と父は言いました。でも、事故が起こってからの賠償問題とかあるし、事務的な方がお互いに楽だと思うんですけどね。

 

今後の薬の管理についても父と話しましたが、『自分で出来る』と言うので、無理に引き継ぐことはしませんでした。普通の胃薬とかなら、そんなに心配はないのでしょうが、抗がん剤に近いものです。ちゃんと管理できるように曜日別になっている専用の薬箱もあります。それでも、飲んだのか?飲んでいないのか?の記憶がありません。一応、対策として飲んだ後、空を薬箱に入れるよう言いました。

 

 

一番 情けないのは父本人だと思います。だから、あおることはしません。出来なければ言ってくるので。色々と出来なくなるのは仕方ないですが、自分の判断で動いてしまうのは困ったものです。頑固になるのも仕方ないです。父も自分がまともな判断が出来ないことの自覚はあります。でも、老いてしまった自分を認めたくないのでしょうね。時代の変化もあるでしょう。父たちの時代に通用していたやり方が、今は通用しません。そんな変化も老人には通用しないのでしょうね。

 

 

私の新しいメンタルクリニックの先生が、認知の診察もするそうで、「困ったことがあれば、相談に乗るよ」と言ってくださいました。ありがたいことです。神さまは、ちゃんと必要な人と結びつけてくださるのですね。私は、父の認知が精神的に大きな負担でした。支えが欲しいと思っていました。その支えを友人に求めようかと迷いました。でも、友が受け入れてくれるか分からないので不安でした。

 

 

父の薬の問題は、一応 落ち着いたと思いますが、監視を続けようと思います。

 

 

 

2020年1月23日 (木)

老親にイライラするのはなぜ?

 

先日、父の検査入院がありました。前回、書きましたが、妹が来てくれて一緒に行きました。前日は、行くのが嫌で眠れませんでした。でも、妹が一緒だから頑張ろうと思いました。

 

 

当日、家を出る時、父が上着を着ないで出ようとするので、「上着は?」と言うとハッとしたように部屋に戻り上着を着て来ましたが、今度は荷物を持ってない。「荷物は?」と言うと、また、部屋に荷物を取りに行きました。何かをすると他を忘れる。いつものパターンです。
病院に着き、受付を済ませると、さっさと病棟に行こうとするので、「まだ、時間になってないから行けないよ。」と言うと自分だけさっさと椅子に座りました。いつも自分のペースで事を進めようとする父。

 

 

病棟へ行きナースステーションで書類を出して受付をするのですが、モタモタしている父に「全部貸して」と言い、私が受付を済ませました。この時、妹が「お姉ちゃん、怖いよ。もう少し優しく言ってあげたら?」と。そんな余裕はありません。受付の人が待っています。
受付を済ませると、インフルエンザの規制で同居者1名しか病室に入れません。結局、私が付き添いました。看護師さんからの説明や質問にもモタモタする父。でも、ここは看護師さんに任せました。生体検査の説明より食事のことが気になる父に呆れました。

 

 

家に帰ると昼を過ぎていましたが、母と妹と3人で食事をしました。私は、妹に言われた「優しくない」との言葉に落ち込んでいました。夕方、妹も帰り夕食も済ませ部屋に入ると、ワーッと涙が込み上げてきて泣きました。もっと優しくしてあげたいけど、私にはそんな余裕はない。そんな自分が嫌になりました。お父さんごめんねと思うと涙が止まらなかった。

 

翌日、母の外来がありました。そこでも主治医に報告しなければいけないことがあったので気を引き締めました。帰宅すると、父から生体検査が終わったとの連絡があり、「昨日は、優しくできなくてごめん」と伝えると父は「そうか?何のことだ?」と。妹も余計なこと言ってごめんねと謝って来ました。でも、いい気づきになりました。姪は、「24時間一緒のエルちゃんとたまにしか行かないママとは違う。」と妹に言ってくれたそうですが、周りに居る人が不快な口調は避けるべきだと思います。

 

 

家では、イライラしながらも怒鳴ることはありませんが、対応してくれる人がいると待たせてはいけないと口調がきつくなります。どうしたらいいのかな?とググってみると精神科の先生が『老親にイラつくのはなぜか?』との記事を見つけました。答えは、『甘え』だそうです。まだ、親に甘えたい。でも、昔のようにしっかりした状態でない親にイライラするのだそうです。子側にも先の不安がある。親がいなくなったらどうやって生きて行こうとの不安と甘え。納得した自分がいました。まだまだ、親に依存しているのですね。
自分の過去記事『老親との付き合い、どうしたらいいの?』をもう一度 読みました。その当時からすれば、気持ちは楽になっていますが、まだまだですね。

 

3日後、ひとりで父を迎えに行きました。病室に入ると、点滴中なのに着替えをしていました。いつもなら、「危ない」と言う所ですが、見守りました。父は、せっかちなので何でも「ながら」でやるのです。それなのにモタモタする自分自身にキレるのです。気が短い。着替えの途中で荷物をまとめだしました。早く帰ろうとする。「まだ、会計書が来てないし、看護師さんに点滴の針も抜いてもらって、説明も聞かないと帰れないんだよ。」と話すと、父がイライラしだしました。「座って待とう。」と言うと、点滴の針の刺さったまま、また荷物をゴソゴソと。点滴の管に血の逆流がある。たぶん、父は、どこかに引っ掛けたのだと思います。まったくもう~と思いながら待つと、会計書が来て、看護師さんが針を抜いてくれました。「さっき、トイレに行こうとして、点滴しているの忘れて引っ張ってしまった。」と看護師さんに話している。やっぱりね~。退院の確認も済み、会計も済ませ帰宅しました。事には流れと言うのがあるのに、相手のことなど考えず、自分の都合で動く父に振り回されるのは疲れます。でも、私の親だから。ここにも学びがあると思うしかないですね。
姪が言いました。『この人はこういう人だと距離を取ると楽になる。』
家族って近づき過ぎてしまいますからね。アドラー心理学の『嫌われる勇気』の著者 岸見一郎先生の書籍で『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学』『老いた親を愛せますか? それでも介護はやってくる』というのがあります。読んでみようかな?

 

 

 

2020年1月13日 (月)

つぶやき 49 (親の世話に関して)

私には、3歳下の妹がいます。車で30分程(東名高速使用)の所に住んでいます。たまに遊びにも来ます。

 

 

先日の出来事です。父がガンの疑いがある為、検査入院をすることになりました。妹にそのことを伝え、入院日に出来れば一緒に病院に行って欲しいと頼みました。母も病を抱え月に1回の外来に私が付き添っています。私自身も持病があり、自由に動ける体ではありません。妹の答えは、仕事があるからとの理由でNOでした。
『お姉ちゃんが行くなら、私が行く意味無いよね?お姉ちゃんが、辛いからって、私が行くことないよね。お父さんが、付き添ってくれって言うなら行かなくもないけど。』私は、愕然とし怒りさえ湧いてきました。この妹の返事に私は、今迄の不満が爆発しました。
(この出来事の2週間前に妹に怒鳴っている夢を見ました。目が覚めた時、あまりのリアルさに正夢になるかもと思いました。)

 

彼女には、情愛との言葉はないのかもしれない。根本的に世話をするとの考え方、認識が違うと思いました。世話をするのは、子です。親の様子を見て、子は動く。出来ないことを助けてあげる。その要求は、親がする場合もあるでしょう。でも、その要求を遠慮して言えない親もいるはず。そこは、子が気づいて動いてあげる。
私のように同居していれば動くことは増えます。日常生活で両親が解からないことや出来ないことに気付きますからね。別居している子は、その現実を目にすることはない。たまに来て元気な姿を見て安心して帰る。ほんの数時間、一緒に居て気づくことじゃない。どうしても同居している子に負担がかかる。別居している子は、その兄弟姉妹の精神的負担をサポートしてあげて欲しい。

 

私が妹に望んでいるのは、私の精神的負担の一部を背負ってもらって、助けて欲しかった。それなのに、何度SOSをしても『仕事があるから。』と断る。妹の言葉は、協力できないと云う意味じゃないのでしょうか?妹の言う『協力』って何でしょうか?『お姉ちゃんが行くなら、私が行く意味無いよね?』そうでしょうか?一緒に行って先生の話を聞くことは、意味のないことでしょうか?入院手続きで動けない私の代わりに動くのは意味のないことでしょうか?
親の世話や介護で兄弟姉妹のトラブルは発生します。

 

ここにも想像力が必要になります。別居している子は、同居している兄弟姉妹が、どれだけ大変な思いをしているのかと想像すること。どれだけの体力と精神力を使っているか考えること。もしも、それを自分が24時間365日やるならと考えること。でも、目にしていないことを想像するのは、無理かな。
親の介護や世話に関して兄弟姉妹間で話し合い取り決めをするのも良いかもしれません。私も妹と話し合ったのですがね。根本的な考え方が違う所は気付かなかった。『何で、助けてくれないの?』と言うより、当てにしないと腹をくくる方が、楽かもしれません。この状況を創ったのは、私自身だとも思います。初めから、私ひとりでやって来てしまった。妹は、お姉ちゃんがやってくれると安心してしまったのだと思います。

 

 

姪が心配して電話をくれました。姪は、介護職です。介護する側の苦労が解かります。妹は、かなり姪に介護の認識不足と想像力の欠如を指摘されたようです。反省もしています。気付きもあったようです。姪が『ママは、エルちゃんに寄り添ってあげて。』と言ったそうです。
妹と話し合い、お互いに反省しました。お互いに依存してしまったようです。依存は、いつか破綻を招きます。
既に、江原さんの今年の言葉が当てはまってしまった。姉妹の破綻。私は、妹に縁を切ると話したので。
お互いに感謝の気持ちを忘れてはいけませんね。気持ちだけじゃ通じないこともある。そうなると行動することですかね。
同居している子は、行動と精神力が要求されます。世話をする子側も年齢的にキツイ。別居の子は、同居の兄弟姉妹の精神面を支えてあげて欲しい。それだけで同居の子は、動けます。

 

 

妹とは、ちゃんと仲直りしました。父の検査入院の日も仕事を休み付き添ってくれることになりました。これで、私も安心して妹に父を任せて手続きに動けます。大学病院って広いから、リウマチ持ちの私には、父連れでの移動はキツイ。
妹と今回の件で話し合った時に、意外な問題に気付きました。それは、両親が妹の助けを必要としていないことです。両親は妹に『お姉ちゃんにやってもらうから、あんたは何もしなくていい。』と言ったそうです。その言葉を妹から聞いた時は、愕然としました。そう言われれば、母が白内障の手術をする時、私は全て妹に頼むと母に話しました。母は、泣きながら『エルちゃんじゃなければ、不安だから、やってくれない?』と言いました。母の言葉に私は、安心させる為に頑張りました。両親は、初めから私を当てにしている。妹は、自分が頼りにされていないことにショックを受けたようでした。いつも側に居る私の方が、両親も安心できる。そして、医学的に知識のある私の方が安心して頼み事や困ったことに応えられる。離れて暮らす妹より頼りになるのだと思います。でも、申し訳ないが私ひとりでは潰れてしまうと両親に話しました。 

 

 

新年早々、母が夜中に痙攣をおこしました。私は、母が脱水状態にあると思ったのですが痙攣があった為、水分補給もままならず。寒さを訴え始めたので、もう私の手に負えないと救急車を呼びました。救急隊の人に母の病歴と今治療中の病気を聞かれたので答えました。母は、現在、肝臓の病で治療中です。救急隊の人が、肝臓が原因かもと言いました。私は最悪な状態も考えましたが、それは絶対にないとの自信がありました。でも、万が一その場合は、主治医に連絡しようと思いました。搬送され検査を受けると、やはり尿素窒素、アルブミン、クレアチニンが欠乏していて脱水による痙攣だと診断されました。痙攣も下半身のみで筋肉のこわばり(こむら返り)で激痛を訴えました。痛む個所を手で押さえてあげると『温かくて気持ちいい』と母は、安心したように言いました。点滴をすると次第に痙攣も収まり、筋肉の痛みも消えて来ました。母が言いました。『不思議だね。点滴してもらっていると、上半身から徐々に筋肉が緩んでくるのが解かるのよ。点滴って凄いね。』
以前から水分補給するように両親には言っています。しかし、高齢者は、喉が渇いたとの自覚がない。鈍感になっています。今回の事で母も喉が渇かなくてもスポーツ飲料を飲むようになりました。同居の子は、こういうことも気付いて動くのですよ。
高齢の親御さんを抱えていらっしゃる方は、お気をつけて。

 

 

今回の件で、私は妹に対し不信感が強くなりました。妹にも言いましたが、一人っ子なら自分一人でやらなければいけない。私と妹の親だけど、私の親として世話をしようと思いました。妹の後悔まで私が心配することじゃない。今後も一人で頑張ろうと思います。私に夫がいれば支えになってくれたんだろうけど…

 

長文になりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

 

 

2019年9月16日 (月)

老親との生活

今年の3月に書いた記事『老親との付き合い方、どうしたらいいの?』が、最近、人気記事になっています。やっぱり、気になりますよね。老親と暮らすって、こっちもいい年齢になっていますから、つらい。体力的にも精神的にも・・・

 

先日も、父とひと揉めしました。プリンターが壊れたので、サポートセンターに父が電話をしましたが、廃版の為サポートできないと言われたそうです。普通は新しいもの(新型)を買いますよね。父は残ったインクがもったいないから、同じ型のプリンターを中古で買うと言い出したのです。は~っ?

 

 

父の言い分は『買い置きしている2パックのインクがもったいない。だから、中古を買ってインクを使い切ってから、新しいものを買えばいい。お前は、おかしい!間違っている!』

 

 

私の言い分は『中古を買うのにかかるお金を新しいものにかける方が、お金の使い方としていいんじゃないの?中古を買う金額がもったいない。それに、サポートも終了しているなら、何かあった時にどうするの?残ったインク代と新しく買うプリンターの代金は、私が出すから、新しいのを買って欲しい。』

 

 

父の目線は、インクに行っているのですよ。残ったインクを中心に考えている。私はおかしいか?間違っているか?妹にジャッジをしてもらおうと電話をしました。妹は、普通はお姉ちゃんの考え通りだと思うよと言いました。妹が直接、父と話しましたが、ガンとしてインクを主張する。妹もお手上げのようで、見放し、『好きにすればいいじゃん!』と。『お姉ちゃんの意見もお父さんの意見も間違ってはいない。でも、賢い人なら先の事を考えて、新しいものを買う。でも、お父さんは、残ったインクから視点が動かないし、話を聞く耳を持ってない。頑固だから好きにさせればいい。お金を出すのは、お父さんでしょう。いつものパターンで、やっぱりお姉ちゃんの言う通りだったってなるよ。』

 

私は、妹の柔軟性は素晴らしいと思いました。それを妹に言うと、『柔軟なんじゃない。根気がないんだよ。お姉ちゃんは、説得しようとのバイタリティーがある。私は、すぐに諦めて「どうぞ、ご自由に」と手を引く。』動かせないものを無理して動かすと疲れますよね。それだけの労力をかけても疲れるだけです。いつもの私なら、どうぞご自由になのでしょうが、「お前は、変だ!間違っている!」の捨て台詞にカチンと来た。サポートを受けられない商品を持っている不安はないのだろうか?そのプリンター、私も使ってんだけど。

 

結局、父は、中古で同じ機種のプリンターを買いました。
さて、そこからが、また大変です。設定はどうするのか?誰がやるのか?父は、私に『あと、頼むよ。』と言ってきました。は~っ?ふざけんなよ!
『お父さんは、私の反対を押し切って買ったんだから、自分でやってよ。』
『そういうこと言うのか!』と父は怒鳴った。
結局、私がやることになるのだから、仕方ないと悪戦苦闘するも1時間。神経は、キリキリしています。父が、途中で口を出してくるのが邪魔だ!知識もない奴は、黙ってろ!と心の中でつぶやきながら、設定をしたが・・・
もう、限界!ダメもとでサポートセンターに電話した。何とか言い繕ってサポートしてもらい、さらに2時間サポーターさんも頑張ってくれて完了。サポートを受けながら、なぜ2時間かかったか… それは、新人さんだったのか?電話を保留にされることが続いた為です。終わった時には、心から感謝の言葉を伝えました。泣きそうだった。サポートしてもらっているのに、全然つながらないんだもん。サポーターさんも泣きたい気持ちだったと思う。新人さんかな?お疲れ様でした。ありがとう。終わった時、さすがに父も申し訳ないと思ったのか、お疲れ様と言ってくれた。もう、勘弁してほしい。でも、また、インクが終わって新しいのを買ったら、やるんだよね…私が…。妹が、その時は、お父さんいないんじゃないのと…ヾ(-ε-; )ォィォィ

 

 

姪の言葉を思い出しました。
視点を無理にずらそうとしないで、他のものに持っていくとスンナリいくもの。例えば『ご飯、まだ食べてない。』と言ったら、『そうなんだ~。』と言いながらも他の話をすると忘れるもの。高齢者は、頑固だから、抵抗しない方が良い。
この抵抗をしない方が良い、重要だと思いました。
高齢者は、今、目の前にあることしか考えられない。先を見据えての考え方が苦手である。高齢者は、相手の話を聞いて再考することが苦手である。そのことを忘れないように接していこうと思います。

 

P.S
設定終了後、中古のプリンターでも同じトラブル(インク残量が表示されない)が、発生したので、またサポートセンターに電話しましたが、1分かからずに直りました。もしかして、父の聞き方が悪かったのではとの疑念がわきました。父に話すと「じゃあ、前のに戻すか。」と^^; それは、ご勘弁を~と父に話しました。また、設定するのは、私なんだよ!それなのに、今度のは、コピーの質が悪いとか言い出す始末…(-_-メ) 何でも簡単に考えるな!簡単に考えるのも高齢者ですよね。常に視点の外れた会話になり、カッとなります。気持ちに余裕がないと対応できませんね。妹の鈍感さが欲しい。(溜息)
今日は敬老の日ですね。お年寄りはだいじにですかね。

 

 

 

 

 

 

2018年3月20日 (火)

老親との付き合い方、どうしたらいいの?

Photo

 

 

 

 

私の両親は、80代前半です。

年齢の割には、若く見えますし体調も良く元気です。

しかし、父に関しては、少し惚けがあるようで、どう接したら良いのか迷うことがあります。

物忘れは、仕方ないと思います。

それは、私がいくらでも補助してあげられます。

 

 先日、父と大喧嘩になりました。

いつものことですが、話しが噛み合わない。

父は、パソコンもスマホも使っています。

やり方がわからないと聞きに来ます。

父が何をしたいのか確認し、こうしたいんだね?と聞くと

「違うんだ。○○したいんだ。」と言うので、○○したいんだね?と再度確認すると、「違うんだ!」と話しが、ズレて行くのです。初めに○○したいと言った事と、最後に○○したいと言った事が、別のことになっているのです。

私としては、どうしたらいいのか混乱します。

父は、キレて私に物を投げつけました。

それに対し、私も冷静ではいられなくなり喧嘩になりました。

父は、自分の言いたい事が、伝わらないイラつきで物を投げたのでしょう。

私は、理解してあげたいけど、話しがコロコロ変わることに混乱しました。

 

 

これから先、どう接したら良いのだろうと悩みました。

このままでは、私の方がやられてしまうと。

本棚に『老人の心理がわかる本』と云うのがありました。

いつ購入したのか覚えていませんが…

その本に書かれていたことは、老人は弱者ではないと。

私は、弱者として両親を見たことはありません。

偏見もありません。同じ人間ですからね。

どの書籍にも同じようなことが書かれていて、私の知りたいことの答えはみつかりません。

 

 

ただ、歳を重ねて来ると、今迄、抑えていた性格が表面化して来ると思います。

私の父も昔から他人の話を聞かずにマイペースで話す人でした。

会社役員で、自分の言動で部下を動かしていましたから。そのような性格でも仕事は、成り立ったのでしょう。

それと、叱ってくれる人が居なかったので、自己中な部分を訂正することもしなかった。それが、今になって強く表面化しているのだと思います。

 

 

 

認知症の高齢者の場合、異常行動があります。

これには、意味があると聞きました。

本人が一番苦労して来たこと、抑えて来たことが表面化するそうです。

例えば、戦時中に食べ物に苦労した人は、食にいやしくなり、家庭に縛られた人は、俳諧をすることが多いようです。暴言を吐く人もいるでしょう。言いたい事も言えずに我慢していたのかもしれません。同じことを何度も言う人は、寂しかったのかもしれません。

 

 

現代は、認知症にならずに老いる人も多いと思います。

昔は『老人』と言っていたものが、現代では『高齢者』となりました。それは、老人との言い方は、差別だと言われたからだそうです。それは『老人』イコール『弱者』だと扱われることを嫌ってだと思います。高齢者だから、○○すべきとのことは、無いと思います。やりたいことをやれば良いと思っています。

 

 

ただ、応援したいと思っても意思の疎通ができないと困ります。

言語理解能力は、どうしても若い頃に比べると落ちると思います。

それに対しては、こちらが焦らず、ゆっくり待つのが良いのかなと思います。

そうは言っても、実践するとなると難しいです。

私の場合、老親を弱者だと思っていないことに原因があるかも。

逆に、弱者だと思った方が、優しく接することができるかもしれない。

しかし、それも本人を傷つけてしまうかもしれない。

どうしたら良いのだろうと、介護士の仕事をしている姪に相談しました。姪は、障害者が専門なのですが、話しの聞き方や伝え方のコツを教えてくれました。

『こっちが混乱すると、向こうも混乱するから。落着いて聞いて、落着いて対応しかない。』と。忍耐だね~^^;

 

 

それと、検索していて参考になるコラムをみつけました。

精神科の先生が書いているのですが、私の知りたい内容で医学的に説明がされていました。どうして、そうなるのかが理解できれば、私としても対策ができます。高齢者は、今迄、自分が経験した思考のパターン内で理解をしようとするので、新しい物の理解が出来ないのだそうです。統合失調症の障害と比較して書かれていました。

 

https://www.clinic-nishikawa.com/archives/1912

 

 

 

 コラムを読んで思いました。

それを老化と言うのですよね。

姪が言うに、話しが反れてしまっても無理に本題に戻すのではなく、徐々に戻す方が良いと。

やはり、忍耐なのですね(゚∀゚ )タラー

高齢者と接するには、こちらに気持ちの余裕が必要になります。

気持ちの余裕…難しいな~。24時間、一緒ですからね。

自分との対話(内観)が、必須になりますね。

アドラー心理学をもう一度読んで、体感しないとですね。

お互いに穏やかにやり取りがしたいですからね。

そうする為には、こちらも努力をしないと。

いつか自分も通る道ですからね。

日々努力は、いつか自分を救ってくれると思っているので。

アドバイスをくれた、妹と姪に感謝です。